形の無いものや自分の価値観に合わないものを「不当だ」「高額過ぎる」と判断するのはいいのだけど、その想いを体現化してよいか否かは別の問題

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先日の車掌さんの話でも「世の中には多様な発想で満ち溢れているのだから、必ずイレギュラー的な存在もある。それにいちいち対応して全体の調整を繰り返していたら、全体がより大きな損失を受けることになる。見極めを見誤ると衆愚化する」的な話は持ち上がったのだけど。今件もそんなものなのかなあ、という感はある。

デザイン料が高すぎる、自分たちが考えた額が適切だから、その額は不当だとして訴えているもの。指摘されている通り、訴えた側の主張が色々な点で、今の一部の風潮に見られる、「気に食わないから正当でない」「自分の物差しでわからないから不当だ」的なものであったり、自らの精査能力が欠けていることの暴露になるよなあ、という雰囲気だったりする。ああ、これ、豊洲の事案で騒いでいる界隈とまったく同一だ。

対価として不当であると主張し、自らが呈した額を正当だと呈する。ではその正当性はどのような形で立証され、担保があるのかな、ということになる。まさに「お前がそう思うのならそうなんだろう、お前の中では、な」でスルーするべき事案ではあるし、そのような対応をなされることを関係各方面には強く求めたい。


「公募をすれば安くなる」との話もあるけど、これも指摘の通り、かえって高くつくのは一目瞭然。すぐには算出できない人的リソースの損失も大きい。「ぼくがつくったさいきょうのでざいん」的なものを差し出して、これを使えと強制しているのと同じぐらいの浅はかさがある。


見えていない部分を見ようとせずに勘案しているのもあるのだろう。加えて、以前言及したこともあるけれど、物事を作り成す場合、そこに至るまでの長い経験や蓄積、投資してきたものすべてが反映された結果であることを忘れてはならない。10分で描き上げた絵は10分の対価のみではなく、その技を織りなすために積み重ねた、これまでの経験すべての結果であるのだよね。


まぁ、これは補足情報として。色々な意味で、お察し事案だった、のかもしれない。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年9月24日 07:43に書いた記事です。

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