コンテンツの消費速度の上昇と作り手側の事情と

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これは当方も少し切り口を変えて何度か取り上げている話。流し読み文化とか、試食文化とかつまみ食い文化とか、そんな感じ。情報、コンテンツの過度な提供、取得可能な状況におかれたことで、一つ一つのコンテンツをじっくりと楽しむ必要性が薄れてしまった。これに難儀さを覚えても、飽きてしまっても次があるから別にいいや、的な。飽食ならぬ飽情報の時代。

だからこそ、一つ一つのコンテンツへの対価を認識しがたくなっているってのもわかる。バイキング料理のコーナーで山ほどの多種多様な料理を目の前に、一つ一つの料理の素材などを吟味してゆっくりと堪能するってこと、あまりないよね。昔と同じ程度の魅力、訴求力を有していても、選択肢が増えることでそれを追い続ける必要性が低下した次第。

デジタル化でコンテンツの消費速度が上がっている、相対的に単価は下がっている。シンプルだけど、とても怖いお話ではある。後者はわかりづらいかもしれないけど、コンテンツに配分される出費はさほど増えないから、そして傾注できる時間も増えるわけではないから。そして単価が下がれば、同じだけの売り上げを計上するためには、それなりに生産スピードを上げるしかないのだけど、それにも限界がある。

ぶっちゃけるとこの類の話に関しては、すぱっと解決できる方法は無い。あればとっくの前にどこかがやっている。他分野とのコラボとかも一つの例だけど。あとは自動生成ができる仕組みを作っていくとか、テンプレート化してコンテンツ制作単位のリソースを減らすようにするとか、自分の分身を作るとか(漫画家におけるアシスタントさんみたいなもの)。

ただ、それらの工程ってどれもがみな、それなりにコストがかかるのだけど、そのコストに見合ったリターンが得られる事例ってのは、デジタルの場合はさほど無い、そろばん勘定ができにくいって問題がある。方法はあるけど、予算が出せない、費用対効果の点で首を縦に振れない。

何か良い方法はないのかなあ、と頭の中で良い知恵を出そうとこね繰り返すものの、出てくるものは搾りかすだけという今日この頃ではある。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年9月23日 07:39に書いた記事です。

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