大学に入ることと学業の機会を得ることと将来に役立つか否かと

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先日から学校基本調査の更新データを基に各種記事の更新を本家サイトで行っていることもあり、大学周りの話が色々と目に留まる......というかついつい目にしてしまう。学業の機会を得ることと、特定の大学に入学することと、大学に入ることと、就職に有利となることとが全部ごっちゃになっていて、そのごちゃごちゃにした玉を奨学金周りの問題にぶつけている感じ。畳み掛けるように強弁されると反論するどころか考える間もないので、ついついうなだれてしまうのだけど、よくよく考えればおかしな話。

で、上のグラフは学校基本調査から抽出した、18歳......だから、高校卒業者に該当する年齢の人口における、各学校への入学状況。「その他」ってのは浪人とか就職とかもろもろ。大学入学は5割程度。と、なると「大学に入らなければ人生終わり」的な人の主張は「18歳時点で半数近い人の人生は終わりなの?」とのツッコミが出来てしまう。なにそれ。

就職率動向も合わせ考えると、「大学に入らないと就職できない、大学は義務教育みたいなものだ」との意見への妥当性は今一つかな、という感じはする。大卒と就職の関連は一部の大学を除けば勲章としての価値はさほどあるとは思えない。むしろ「大卒」を勲章として程度で考えて入学、卒業して就業しても、その勲章に振り回されるのがオチ。台座を使って足場をちょっと底上げしても、そこから背伸びしようとしたり手を伸ばさなければ、バナナは手に入らない。大学は学び舎であり、就職のための猿の腰掛けでは無い。


これも一例でありすべてに通用するわけではないけど、確かに納得ができる部分もある。そういや「便利屋さん」的なチラシやポスターを見かける頻度は、確実に増えている。果たしてどこまで効果があるのかは別として。インターネット周りでは(自分で検索をしていないこともあり)あまり見かけないのは、ネットをそれほど使わない層に向けたもので、そして地域密着型のビジネスモデルだからなのだろう。

このような状況が永遠に続くとは限らないけれど、少なくとも「大学に入りさえすれば何でもOK」的な風潮と、その風潮を振りかざした主張は通用しないのが現状。大学に入って高等レベルでの基本的な学問を学び、さらに自分の相性に合った、学ぶべきと判断した事柄に傾倒していく。

大学に入っても高校レベルの学力が十分に見についていない生徒が多分にいるとの話も多々聞くようになったけど、入学試験の意味がどこまであるのかな、という感はある。あるいは米国の大学のように、入るのはたやすいけどすぐにばっさりと落としていくので卒業は難しいよ的な方策にがっつりと切り替えるべきなんだろうな。「高校程度の学力が無い」とした時に「ならば大学で高校の勉強を」ではなく「ならばお前たちは退学」としなきゃならないのだろう。それが出来ていないからこそ、大学卒という勲章は、一部大学を除けばブリキの勲章となってしまっているのだろうな。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年9月 4日 06:58に書いた記事です。

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