「給料を上げるとお金目当ての人が集まり信頼が出来ない」という話

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今件のトリガーは、人生相談的なサービスをしている部局に関して、実は実働部隊がボランティア的なものであり、対価を支払うと記事タイトルにある通り「給料を挙げる(上げる)とお金目当ての人が集まり信頼が出来ない」との意見もあるとの話が寄せられていた件。今件に限らず、社会福祉や貢献に絡んだ話では、金銭を提供するとそれ目当てにいやしい人が集まるので良くないとするご意見が、どこからともなくやってきたり、そういう話があるからとの理由で(正当な)対価を支払うのを拒む動きが少なからずある。

でも実際には指摘の通り、正当と思える対価を支払わなければ相応な人材しか集まらないし、仮に意思のある人物が参加したとしても、心が、そして実生活が崩れてしまう。人は霞を食べて生きていける訳ではないから。

お金は多様な商品やサービスの代替となる物差しであり、価値であり、指標である。それが提供されないのは、それだけの価値を見出していないから。例えば受注された仕事でちょっとした追加発注があった時に「こんなのすぐできるよね、ちゃっちゃっとやっちゃって」との言葉と共に、追加の対価などを支払う姿勢を見せないケースでは、その「すぐできるよね」の作業は、大したものでは無い、サービスしろとの思惑が多分に含まれている。

平野耕太先生の作品では、傭兵やずるがしこいけど能力のある人物に対し「対価を支払っている限りはしっかりとした仕事をする」との表現を、主要キャラに代弁させている。これは要するに「仕事をさせる価値があると認識できる程度の対価を支払うのは当然の話である」の言い換えであると当方は認識している。フリーやクリエイター系の職についている人は特に、自分の仕事の出来栄えが、何よりも対価で評価されているとの認識は、多分に実感しているはずだ。


某ラーメンのお話の有名なシーンでもよく知られているけれど、タダ働きをしたいと考えている人は、多分にすぐに意思が折れる。しかも自分の意思が行動の主軸にあるので、管理する側の命令を無視する......というか忠誠心に劣るところがある。命に従わない志願兵ほどタチの悪いものは無い。

他方、雇う側がまともな対価を支払おうとしない、ボランティアばかりを求める状況は、先日の「ITセキュリティはボランティアでまかなう」とドヤ顔で宣言してフルボッコを受けた某社のトップの認識のように、「金を払いたくないから金以外のもので人を集めたい」ということなのだろう。それを前面に出すと突っ込まれるのは必至なので、「金目当てで来る人は信頼できない」などとの言い訳をするのだろうな。

「金目当てで来る人は信頼できない」。ならばそれを語った人は、その日から無償労働をするべきではないのかな。さもなくば自分自身が信頼できないということになるからね。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年9月 2日 08:08に書いた記事です。

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