ニュースを偏見や思惑を混ぜずに配信できる手法は無いものか

| コメント(0)


先日の「ポケモンGoで死亡事故」の事件もそうなんだけど、配信側の思惑とか受け狙いとか偏見的なものが、一次レベルでの報道記事に混じると、容易に印象操作の手に乗せられてしまうことがある。本来なら関連性の無いもの同士が、あたかも深い関係があるような印象を受ける。それが積み重なると読み手が誤った解釈を心に刻まれてしまう。

論評などならそういう意見もあるのだな、という構えが初めからできているけれど、「これは一次情報、創り手の思想などは含まれていないはず」との前提である程度フィルタを解除した状態で臨んでいる報道記事でそれをやらかしてしまうと、非常に困る事になる。プライベートルームなのでパンツ一丁でぐだぐだしていたら、なぜか近所の子供が中に入っていた時のような、そんな感じ。

元々一次情報レベルで発信側の主観やら思惑が混じっている可能性も否定はできないけれど、報道側の「核心的利益」がざくざくと植えつけられるようなものばかりでは、色々と困ったことになる。何の料理にでも醤油をかける人がいて、どんなものでも醤油味っぽくなってしまう。しかも最近ではその醤油の量が増え、濃い醤油になっているという感じ。

で、そういう状況下においては、提案されているような、リリースなりデータなりを元に、何の人的思惑も加味されない(とはいえプログラム時点でその作り手の思惑は加わるのだけど)、事実だけ......ってのは事実上無理なので(ちょっとシャレ)、事実本位な通信社があると面白い感はある。いや、通信社のような大きなものすら必要はないのかも。


AIに文章を書かせる話は以前言及した記憶もあるし、全部が全部ってわけではないけれど、現状でもそれなりのレベルで完成しつつある。少なくとも入力されるデータがパターン化していれば、それは容易。要はジェネレーターみたいなものだから。


報道発表云々ってのは下手すると、単なるプレスリリースのポータルサイトになる。これはすでに山ほどあるので、それとの違いを見出す必要がある。もっと見やすく、分かりやすく。

既存メディアの情報独占ってのは昔と比べると随分と穏やかになったけれど、今でも多分にあるのは否定できない。しかも既存メディアが情報に対して消化不良を起こしつつ、さらに自分の好き嫌いで選り好みし、その上、上記の例えにあるように自分の好き勝手に味付けを変えてしまっている。Facebookなどがその辺をどうにか打破しようと色々と模索している雰囲気はあるけれど......。

また、日本の独自メディア云々とあるけど、これは確かにその通り。で、ちょいと前にNHKとの絡みで政府が独自のメディアを、という話が出たら、言論界隈やらメディア関係者が逆切れして反対していたのは記憶に新しい。あれは表向きはプロパガンダに使われるとか言論の自由が云々ってことだけど、要は既得権益が減ってしまうからに他ならない。

まぁそれとは別に、英語による情報発信ってのは不可欠だよなあ......と自分自身も思うのだけど、こればかりは何とも。以前、自動翻訳による自己記事の英語版的展開を模索したら、翻訳サービスがコケるし、検索エンジンはスパム扱いするしでエライ事になったのを覚えている。将来的にはこの辺のハードルも何とかなるのかな。

関連記事             

コメントする

            
Powered by Movable Type 4.27-ja
Garbagenews.com

この記事について

このページは、不破雷蔵が2016年8月26日 07:35に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「「ロールシャッハ・ゴジラ」なるもの」です。

次の記事は「いかの形をしたたい焼きは混乱するけど実在する。そしてさらに......」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

* * * * * * * * * * * * * *


2021年6月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30