新たな報道名言「匿名発表だと、被害者の人となりや人生を関係者に取材して事件の重さを伝えようという記者の試みが難しくなります」が誕生しました

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実名報道、加えて被害者・加害者の詳細なプロフィールや周辺関係を暴くことを正義と断じる報道界隈の正当性はありやなしやに関しては、これまでも何度か言及してきたし、報道業界自身からの自己弁護的な主張も少なからず確認できている。昨今では「私達記者は正義、がんばる」が好例だけれど、先日の【事件報道における「人となり」の必要性の有無は報道サイドが勝手に決めているけれど】でも言及したように、神奈川県の事案で数々の主張に矛盾が生じていることが露呈されたことを受け、報道サイドも色々と理由付けをしたり「それでも私たちは正しい」
的な宣言をしていたりする。

その中でももっとも象徴的なものが今件発言。朝日新聞記者の公的アカウントによるもの。まぁ、これまでの報道サイドの主張の総括と、今件事案によって露呈した問題点が思いっきり凝縮されている。


今件記者による実名報道の正当化には、多種多様な意見が語られていて、その多くは納得できるものではあるし、このような考え方もあるのかとうなづくものも多い。ちょいとばらついてはいるけど、自分が目に留めたものをまとめておく。

匿名だと伝えにくい。ならば実名を用いていないすべての物語、さらには文章において、伝聞力が無いものとなってしまう。結局は書き手の技術の問題でしかない。既得権益とか利権とかでお騒ぎなられる記者、報道界隈が内に持つ、この類の特権意識とその振り回しこそが、最大の悪しき既得権益では無いのかな、と。

例えば、ガンダムを知っている人ならアムロ・レイとかシャア・アズナブルがどのような人物かは分かる。実在しない人物であっても。さらには昔話で「ある所におじいさんとおばあさんが住んでいました」で始まる話でも、ストーリーは覚えている。実名で無ければ相手に伝える事は難しいとの言及は、ただ単に語り手側の執筆能力の足りなさを露呈するだけ。あるいはすべての物書き、特に創作方面に対する失礼な言及ですらある。

そして。ならばなぜ新聞記事の少なからずは無記名なのか。社説はなぜ記名で無いのか。


その後、暗に「海外がやってるから自分らもやって当然だよね」的な主張をする別の記者が出てきたり、「自分達がやっていることは正しくて努力しているから問題は無い」「自分の発言で議論が深まればいい」と自責を、報道の問題を放り投げるような補足をしてさらに炎上したり、やはり本質的なレベルで色々と問題なのだなあということが明らかになる次第。困ったものではある。

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このページは、不破雷蔵が2016年7月28日 07:18に書いた記事です。

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