原稿を渡す事と返してもらう事と「どこまで相手に譲渡したか」と

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実はこれと前後する形で提出した原稿とそれを返してもらうことに関するやりとりがあるのだけど、そちらは当方がブロックされていて色々と察するところがあったので引用は無し。要約すると、作った原稿を手渡して印刷物に使って原稿料を貰った場合、その後の原稿は返してもらえるのかとか、権利はどこにあるのかとか、しっかりとした契約書の形で契約していない場合は返してもらうのが筋ではあるし、契約の場合は権利の譲渡の内容を明確にし、そのレベルで対価を段階的に上げていくのは当然だという話。

要は書いたものの一時的な使用料のみとしての対価支払いなのか、原稿を買い取りするけれど著作権の譲渡はないのか、著作権まで譲渡するけど人格権の行使は行うよなのか、人格権の放棄まで含めるよ、という感じ。当然後の方がお値段は高くなる。

最近では絵でも文字原稿でもデジタルデータでのやり取りとなり、手元にマスターデータが残っていないってことは無くなったけど、昔は権利がどこらへんにあるのかが結構曖昧だった。その曖昧さがデジタル系のやり取りに移行しても慣習的に継続している感はある。

当方は絵は描けないけれど、そういや文字原稿とかグラフなどではその辺りが随分と曖昧な話を持ちかけられたことはあるなあ。勝手に拡大解釈されて転用されまくったりとか。世の中には本当に色々な大人がいるものだと実感させられた。

ともあれ、自分の創生物を第三者に手渡して対価をいただく場合、権利などに関しては十分に認識し、確認し、安売りすることのないように注意したいところ。

創作物は蓄積することで自分自身の財産になる。自分が亡くなるまで、それどころかその後にも永続しうる、積み重ねの蓄財。それを理不尽な形で他人に吸い取られるのはたまったものでは無い。


この「使用する権利を売る」ってのは、見方を変えると今の電子出版と同じ。原則的に「閲覧権の購入」だからね。なので、絵にしても文にしても、そしてその他の創生物界隈にとって、現状の仕組みってのは、しっかりと認識出来れば、そして相応の能力があれば、より適切な対価を得られる環境により近づいているって考えで良いのかも。


冒頭でも触れたけど、今では大よそデジタルでマスターを残しておけるから、権利関係の確認だけでいいんだけどね......。昔は生の原稿のやり取りでこういう話もあった、と。

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このページは、不破雷蔵が2016年6月18日 07:57に書いた記事です。

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