なきがらの扱いと「その後」の面影作りと

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以前お墓の概念について色々と考察した機会があるけれど、それとも関連するお話。ゴミのように扱うわけにもいかず、かといって生前のままのように配しておくのも色々と問題がある。さらに時間の経過と共に亡骸(なきがら)は増えてくるわけで、そのままの形をずっと維持し続けることになると、人のすみかが無くなってしまう。

ある程度その人が存在していたことの証を残しつつ、衛生面や土地管理の上でも問題が無いようにしよう、さらに今生きている人たちの心の安寧もえられるように......との考えが、今の宗教の有り様では無いかな、という。そういや「アップルシード」ではビルの中に無数の位牌置き場みたいなものが配されている、お墓の集合団地みたいなものがあったな。似たようなコンセプトのものが「スピリットサークル -魂環-」にも出てきたような(もっともこちらは位牌ではなく体の一部そのものだったけど)。

で、その人の知恵の結集でもある、宗教的な概念が無い、有していない人たちにおける、身近な人が亡くなった後の心の空白が問題との話。ペットロスに心境的には近いのかもしれないし、仏壇などの概念がない場合はやはり問題になるのだろう。


銅像とかも同じような発想で、結局のところ、心のよりどころとなる何か物理的なものがあれば良い。シルバニアファミリーでも一向に構わない。それこそ生前のその人に似せたシルバニアファミリーの人形を作るサービスなんてのもありかも(悪趣味かな)。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年6月 3日 07:31に書いた記事です。

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