多国語展開と便宜性の低下やコスト上昇との兼ね合わせ

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先の九州・熊本地震に絡み、被災した方々に対して多数言語の対応をするべきだ的な形で、対応を非難する声がちらほらと見受けられる。多分に言いがかりなところもあり、その真意への突っ込みを入れる人もいる。あれこれとやりとりを見ているうちに、少々疑問が沸いてきた。

短期間の旅行滞在でたまたまならば仕方がないが、それに対応するのはどちらかといえば優先順位は低い。中長期的に日本に滞在しているのならば、日本における公用語は日本語なのだから、日本語をそれなりに習得すべきであることは言うまでもない(立場を変えて考えればすぐにわかるはず)。指摘の言い回しは少々キツいところもあるけれど、理不尽な話ではない。

多国語言語対応をしろと、行政に新たに負担を担わせることは、総リソースの増加が無い限り、他のリソースが削られることを意味する。「根性で」「精神力で」「それが責務だからタダ働きでも」は普段非難対象としているブラック企業の発想と何ら変わりは無い。官公庁の仕事は神様が魔法か何かで無制限にやってくれるわけではなく、皆から徴収したリソースを元に、やはり同じ人間が対応しているに過ぎない。


以前紹介した4か国語対応の自販機でも、もやもやと頭に浮かんでいたことでもある。4か国語対応ということで多くの人が分かるってことではあるけれど、当然個々の言語に対してはぱっと見で把握がしにくくなる。表示の場合は面積を取る。展開時の工程も増える。

先の記事の時には「電光掲示板で逐次入れ替えれば」との意見もあったけれど、それでは特定言語の表示時間が限定される。日本語・英語・韓国語・中国語でローテーション表示をした場合、日本語の表示を見逃すと、再び日本語が表示されるまでには、3か国語の表示を見なければならなくなる。これは広告とかスピーディーな確認が必要な場では致命的。

そして対応すべき言語をもっと増やせとの意見が出てくれば、最終的には何十か国語になるのかという問題になる。

日本だから日本語がベースなのは当然。加えて、世界共通語的な存在の英語。この二か国語で十分な気もするし、合理的な感もある。世界共通語としてはエスペラント語が用意されているけれど、肝心の普及率がどん底なので、事実上英語が世界共通語になっているのは承知の通り。ならば自国語の日本語、そして他の国の人でも多分に世界共通語として認識している英語を表記すれば、それで良いのではないかな。

短期滞在者ならともかく、日本への中長期滞在者が、日本語も、そして英語も学ばないというのは、ちょっと問題があるような気がする。加えてピクトグラムを使えばさらに良いだろう。

逆の立場になったらと考えれば、例えば日本人が他国に長期滞在するにも関わらず、英語も、その国の公用語もまったく習得しようとしないとなれば。それがいかに横柄なのかは容易に理解は出来る。

親切心、他人を思いやる気持ちはとても大切。でもその方向性とさじ加減、そして全体像の見極めを誤ると、親切にしたつもりの行為が、より多くの人の不便さ、不幸を招くことにもなりかねないのかな、と。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年5月13日 07:31に書いた記事です。

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