スマホのゲームアプリと草抜きの関係

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この話が事実か否かを確かめるすべはないのだけど、当方も最近ボランティア的なもので近所の草抜きというか草刈りをしているので、気持ちがよくわかる。草の種類とか埋まり具合などで多少のイレギュラーなところはあるけれど、特に大きな違いがあるわけではなく、単調作業の繰り返し。で、次第に無心化してくるんだな、これが。そしてその一方で、自分の作業を終えたところは確実に草が無くなり地面が見えてきて、「ああ、この部分までミッションはコンプリートした」ってのが分かる。これ、タスクを終えるたびに壁に貼ったスケジュール表をペンで塗っていくような、そんな達成感。

しかも草抜きは自分の体を動かして、手で実際に抜くわけだから、手ごたえがある。体が成果へのプロセスを体感している。これは強い。疲れるけど。

これがゲームアプリと似たような「成果が見える」という感覚であるとの表現は、まさに言い得て妙。まるで「トムソーヤの冒険」の、壁のペンキ塗りと同じような。

シンプルで体感できる達成感といえば、ぷちぷちとかトウモロコシの粒抜きとか、ゆで豆の皮むきとかも似たようなもの。無限ぷちぷちとかいう携帯玩具も出ているけれど、まさにそれ。手触りをはじめ、自分の体で体感したってのが重要なんだろうな。

その点ではスマホのゲームアプリとか、今後盛んになってくるであろうVR周りのエンタメも、工夫できる余地はあると思う。まあ、体感部分まで疑似体験させれば話は別だけど、そこまできちゃうとゲームの領域を超えてしまうかもしれない。あるいはこの、物理的動態があるとより楽しめる感覚ってのも、幼い時から画面越しのゲームばかりしてきた人には分かりにくい感覚なのかもしれない。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年5月 8日 06:44に書いた記事です。

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