「公式情報をベースに」との指示が何故圧力やら弾圧やら隠蔽やらになるのだろうか

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NHKが熊本地震発生を受けて開いた災害対策本部会議で、本部長を務める籾井勝人(もみい・かつと)会長が「原発については、住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えることを続けてほしい」と指示していたことが22日、関係者の話で分かった。識者は「事実なら、報道現場に萎縮効果をもたらす発言だ」と指摘している。

先週末に伝えられたこのニュース。タイトルだけでも首をかしげるような内容だけど、中身を読むともっと首を傾げてぐるんぐるんと振り回してしまうぐらい。しかも「識者」の名前を検索すると、まぁ、色々と察するような話で。記事の書き手に「識者」という言葉の権威を悪用されたというか、都合の良い識者をチョイスしたのだろうなあ、的な感。


指摘の通りで、ジャンクやノイズや妄想や確証度の低い公式以外の情報をベースにするなとの話であるだけの話。それを萎縮云々とするのなら、どこまで自由奔放にやらかしたいのかな、ということになる。あるいは公式発表をそのままリリースポータルみたいにコピー&ペーストで伝えるとの指示と読んだのかしら。それはそれで読解力が無さすぎる。


ちょいと長くなるけど、当方の頭の中のもやもやとしていた霧がかなり晴れた感のある集約ぶりだったので、覚え書きも兼ねて。公式発表ベースで無いのは指摘の通り芸能ゴシップとか現地取材によるスクープぐらい。

恐らくは多くの人がそれなりに認識しているだろうけど、震災周りの報道、特に原子力関連のはぶっちゃけ「スキャンダラスなゴシップ報道レベルに成り下がった」と評しても間違いない。伝える報道側の専門の多数がぐだぐだで反社会的な勢力と握手状態だってのがばれてしまったし。

それと「プロメテウスの罠」に関しても、結局いまだに自己肯定のままで推移しているし、仲間内での絶賛でしかないって評価も言い得て妙。先日から何度か言及している、「報道の自由度ランキング」と性質は同じなんだよね、要は。

「ファクトに基づいた」という言い回しがあるけれど、これって本当にシンプルだけど大切なことなんだよね。書き手の想いとか考えとか発想は、論評や感想文や主張ではアリだけど、事実を伝える報道では必要が無い。まさにプレスとオピニオンのカオス化が生じているのだろうな。

            

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このページは、不破雷蔵が2016年4月25日 06:53に書いた記事です。

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