逆の立ち位置だったら、肩書だったらと考えてみると

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元社民党秋田県連副代表の相馬ヱミ子大館市議(67)が市議会で、独身の福原淳嗣市長(48)に対し「未婚の市長とは議論できない。結婚を」と発言し、市議会は1日の本会議で戒告の懲罰を科した。


先日の放送法周りの件でも「今回指摘されている『可能性』に関して、数年前にまったくもって明確な、可能性どころか断言の言及を成していた事例があったけど、その時に各界隈はどのような発言や行動を見せていたのかな」という、逆の立場的な見方ができるケースを思い起こしたら、現在の動きの奥底がさりげに見えてきたのも一例なんだけど。

今件も上記の通りニュースとして挙がってはいるものの、先日の都議会事案と比べると報道や知識人、男女間の権利関係の界隈はその時と比べると随分と大人しい。内容としてはむしろこちらの方が直接的でストレートで、しかも当事者にはやらかしの意識が無いことを表明しているのにも関わらず。

言った側と言われた側の性別が逆だったら、言った側の所属が他のところだったら、と考えると、色々ともやもやしてくるのは否めない。先の都議周りで色々とあったことを覚えている当方としてはなおさらなおさら。

今回の「結婚したら」発言や、先日の国会における「裸の王様」質問で改めて思ったのだけど、その類の話の場合、当事者の立場が逆なら周辺関係者や報道、いわゆるジャーナリストや知識人な方はどのような反応を示したのかなと考えると、とても良い思考ゲームの材料になる気がする。

そして上記で触れたように、騒いでいる方々の本心、行動目的・意図がどこにあるのかも見えてくる。果たしてその事案そのものに問題を覚え、解決を意図した上でのものなのか、あるいはそれは単にツールでしかなく、騒ぎを起こす事自体が目的なのか、攻めたてる相手への叩きができれば良いとの認識程度でしかないのか。

「もしも」で色々と立ち位置を変えてみる、あるいはそのような状況が過去にあったかを探って同じような反応を示したか否かを確認してみる。物事の本質を見極めるためには、結構重要な手法かもしれない。

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このページは、不破雷蔵が2016年3月 2日 07:52に書いた記事です。

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