テレビや新聞で誤報があっても「ごめんねてへぺろ」で終わってしまうのはどうなのかな

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先日情報の価値や使われ方が大きく変容し、テレビや新聞、雑誌などで語られた情報を元に大いに探りを入れられて深みまで広まることになるので、不特定多数に情報伝達を行う力を持つメディアは、その情報の取り扱い方に慎重になる必要がある的な話をした。単に流すだけなら有象無象の荒波の中に放り投げるだけで、確証度も何もないから構わないのだけど、商業的な権威あるポジションからの配信は、その場所から投げるだけで情報に付加価値が加わるし、それゆえにその情報がどのような使われ方をするのかを熟考しなければならない。


読み間違いやたまたま漢字が読めなかった事でそれこそ地獄の底まで追いかけるような「報道」を繰り返す位に厳粛な対応を求めているのなら、自前に対しても同じ位に対応すべきなのが筋であり、その影響力を考えれば、例えば新聞社なら「自称発行部数×新聞単価の額面で賠償金を即金で支払う」位の規約を新聞協会側で決めるぐらいの男気を持つ必要があると思うんだよね。何しろ文化の立役者を自認し、比類なき影響力を自称しているのだから。その影響力で無垢の人をぶん殴って置いて、間違ったら「ごめんねてへぺろ」で許されるのは、余りにもバランスが悪すぎる。だからこそ自らの過ちを重いものと認識しない。反省もされず経験も活かされない。何度でも繰り返される。

先日はテレビ局の偉い人が、「法律に抵触しているか否かは自分らが決める。自分らが法律だ」的な話をドヤ顔で語っていたし、有名だとされるカメラマンが「仕事だから脅迫行為をした」と正当性を主張する弁明をするなど、昨日【新聞や雑誌などの大衆メディアへのあれこれ】でも言及した、既存メディアに携わる人たちの傲慢ぶり、絶対王政の王様みたいな振る舞い方が色々とあからさまになってきた感はある。

責務を果たし世の中において他には無い有益な力を適切に発揮し社会に貢献し続けているからこそ、庇護の対象となり皆からあがめられ、多様な権限を有し、守られている。それはかつての話で、今は昔と比べて随分と絶対的な力は弱まり、他にはできないことをしているわけでもなく、半ば以上過去の遺産と既得権益に守られている状態。そして中に居る人達の技術力が優れているかというと、恐らくは以前と比べて随分と劣化してしまったように見える。

先日の「私たちは正義」の話(【「私達記者は正義。がんばる。」よろしい、それでは君らジャーナリストの正義は 一体どこの誰が保障してくれるのだね?】)。あれこそが現在のメディアが抱える最大の問題点の露呈なのかもしれない。

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このページは、不破雷蔵が2016年2月27日 07:33に書いた記事です。

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