大学生のレポートとコピーと情報の秘匿性と

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昔と比べて今はコピーの類が容易になったことから、コピー行為そのものを軽い気持ちで行う感が強い。いや、行動そのものは確かに気軽に行えるのだけど、それを使うか否かの判断まで、同じようにお手軽にすると、色々と痛い目に会うよという話。

大学のレポートは良い例で、過去のレポートも昨今では教授によってはデータベース化したり、同期に出された各文書の比較を容易に行えるシステムを導入し、パクったものは全部アウト的な措置が取れる体制も整いつつある。罪悪感のかけらも無くと指摘しているけど、多分にもっとタチが悪いもので、むしろ当たり前の権利であり、良いことですらあるとの認識も持っているかもしれない。フリーミアムの悪用的な。

そのように実情がある以上、努力をしてリソースを投入して自分のモノを創り上げたのであれば、それを詐取・盗取するような人たちに手渡す失態をしでかす必要は無い。盗賊に自宅の家のカギを渡すようなもの。「自分の評価には何の影響もないから、別にいいじゃん?」なんて時代はもう終わった。マスターとコピーの区別が出来ない以上、マスターを作った当事者も合わせてアウト判定されてしまう。マスターを創り上げたら、手元に残して他人には渡さない。これ原則。


過去問とか過去レポートに関する注意。こちらも良くある話。第三者からの提供資料、権威がありそうな場所からの情報は、すべて正しいという錯誤が生じてしまう。だって他の人も見ているし、昔から使われてきたし。でもそれは情報の確からしさを裏付ける一つの材料にはなるけれど、完全に後押ししてくれるまでには至らない。これはレポートや過去問に限った話ではないけどね。

その類の情報はぐるぐる回って、色々と複雑な経由をした上で戻ってくることもある。当方も複数ルートから入手した過去問が、実のところ同じマスターからのコピーだったなんてことを何度か経験しているので、これは良くわかる。あとは昨今でも、いくつかの解説記事で似たような話が語られているので、一次ソースをたどると、まったく同じ論文だったとかね。

情報の取扱い手段は多様化高機能化して便利になったけれど、それは精査する側も同じ。便利さと、インチキしやすさとはまた別。いや、インチキそのものはしやすくなったけれど、見破られやすさも向上した、と表現すべきかな。

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2016年1月29日 06:50に書いた記事です。

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