「自分は病気なので手を出すな、行動を邪魔するな」という反社会的行為は、その病気で苦しんでいる人を大いに苦しめる

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一次ソースとなるツイートの引用は避けておくけれど沖縄の大手新聞による、デモの様子を肯定的に伝える写真報道で、狭心症を自称するデモ参加者が「sit-in 命がけ 狭心症」なるロゴをシャツにプリントし、その場に座り込みをしている様子が「報じ」られていた。この類の「報道」は多分に、ある方面の実質的な支援・プロパガンダに等しいので、色々ともにょっとするところもあるのだけど。

報道云々はともかく。気になったのは指摘にあるような「狭心症という病症を反社会的行動の防衛線として使っている」こと。病症者には相応の配慮をすべきで、それが道徳倫理化されないと社会秩序が保てないからではあるのだけど、それを逆手にとって悪事に用いると、その道徳倫理の観点に疑問符がつけられてしまう。ナイフは便利だけど犯罪に多用されるので使用禁止にしましょう、的な。

この類の「自分は病症者だから行動を阻止するな」を、抗議等などの反社会的活動で使われると、本当の類似病症にある人が大変困ってしまう。「アレと同じように詐病や悪用では?」と世間から見られ、肩身の狭い想いをさせられる。ただでさえ、外観からは分かりにくい病症の持ち主は、色々と大変なのに。


一応法令は整備されているので、この法を根拠に排除させることは不可能では無い。なぜ成されないのかを考えると、やはり色々と沖縄の社会システム内にアレな人々が絡んでいて、警察側も容易に手出しが出せなくなっているのだろうなあ......と。沖縄博のように他地域からの警備を集められる機会を作り、それを機会に一掃するとかしないと、社会秩序の仕組みがしっかりと働かないのだろう。例のサミットを沖縄で開催するってのはアリだったかもしれないなあ。

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このページは、不破雷蔵が2016年1月23日 08:01に書いた記事です。

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