「マルセスキー」を調べていくうちに日本でのロシアパンの謎が解けていく

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先日の中村屋で戦前発売されていた謎のパン「マルセスキー」に関する話【結局分からぬ戦前パンの謎・「マルセスキー」って何だろう】を書き終えた後も、色々ともやもやしながらちまちま探していたところ、中村屋自身の社史みたいなページで興味深い話を確認。大正時代後期あたりからロシアパンの本格的な生産を開始したとのこと。なんだかデカくて巨大な魚を釣り上げた釣り師みたいだ。


で、調べを進めていくうちに、中村屋では昭和6年にロシアの菓子職人スタンレー・オホツキー氏を高給で採用し、どんどんロシア系のパンを世に送り出していく。先の昭和11年頃のパンフレットにロシア系のパンが山ほどあったのも、それが影響しているっぽい。ああ、先のメニューと同じ画像だ。なんとかスキーって名前でもあるし、「マルセスキー」ってやっぱりロシアのパンなのかな。


で。こんな話もいただいた。「マルセスキー」ってのは日本語風に表記したまでの話で、マルセフスキーあるいはマルシェフスキーなる人名ではないかとの話。それなら容易に理解はできる。今でもそうだけど戦前の表記って、結構その類のざっくばらんさがあるからね。


メニューに描かれている写真は小さいけれど、先の記事ではクロワッサンっぽいと書いたけど、キッフェルンなる菓子パンがむしろそれに近いとの指摘も。確かに造形はそれっぽい。


「パンの明治百年史」の関係しそうな時代をざっと読み直したところ、こんな表記も見つかった。日本にロシア系のパンが広まったのは、ロシア革命とその後の内戦、シベリア出兵、日本への白系ロシア人の大量亡命に伴う食の需要が元だったのね。ちょっとこれは初耳で驚き。

結局「マルセスキー」とは何なのかまでにはたどり着けなかったけど(機会があれば直接中村屋に問い合わせれば良いのかな)、色々とパンに関して楽しむことができたのには違いなく。ベーカリーコーナーを眺める目もこれまでとは変わってきそうな気がする。

            

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このページは、不破雷蔵が2015年10月26日 06:34に書いた記事です。

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