「論破」なる主張と他人の「本音」をえぐり出す方法論と

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先日某補佐官を論破した云々という女子学生の話が持ち上がり、色々と精査されていく中で、論破云々以前の問題だったり、女子学生の方が某党のバリバリの青年組織構成員だったことが発覚したりと、色々とカオスな話が飛び交う中で。その「論破」的な話の中に、相手の怒りを誘う手口が指摘され、それって以前【交渉術と、「怒ったことで語られる言葉が本音だとしても、それはその人の心情、本質のすべてを示した本音なのだろうか」という話】でも指摘した、それが本質なのか否かすら疑わしいのではってのと結局同じだよなあ、と思った次第。

結局、下品なんだよね。それをやっていいのなら、何でもやっていいのかな、その境界線は誰が決めて、その正しさは誰が保証するのかな、とも思ってしまう。


人の本音は山ほどあり、この手法で出てしまったものはその一つでしかない。それを出して皆が拍手喝采をしたりラッキーと思ったりするのは、エンタメとしての範ちゅうで留めるべきであり、ガイドライン無きものは、それこそ自白強要も良しとする話になる。【「誠意を尽くしても分からないものは排除してしまえ」と戦争行為の境界線】で取り上げた「吊るし上げ」や「24時間闘争」ですら正当化される。その交渉手法に誠意が無ければ、単なる嫌味でしかない。


これも真理の一つではある。ただ、黙っていると「情報公開に疎い」「積極的な活用をしていない」「民の声を無視している」とやはり罵詈雑言を浴びせられる。語る一方で返事をしないと、「ソーシャルメディアを有効活用していない」と自称専門家が揶揄してくる。これらの意見を無視するのが一番なんだけど、これが煽られて話題として登ると、有識者会議などでも取り上げられたり、選挙への影響を懸念して代議士などからも圧力がかかる場合が生じる。要はエンタメとしてサンドバックを求めているに過ぎないような気がする。

まぁ、今件の「論破」に限れば、「その10代の人って民青の構成員と自称してたよ」「論破かどうか、一連の話の流れを確認した方がいいよ」と、最初のトゥギャッターのまとめを呈すればいいのかな。

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このページは、不破雷蔵が2015年6月11日 08:00に書いた記事です。

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