バーチャルリアリティとかネット体験の積み重ねはストレスの元になっているのかもしれない

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ほんの少し前までは「マトリックス」やら「トータルリコール」といったSF映画の中の設定としてしか存在しなかったような、デジタルによる疑似世界での体験、時間経過。昨今でも「そらのおとしもの」「ソードアート・オンライン」などのゲームやアニメ、ラノベの世界で良く使われる話であり、将来的には似たようなものも出来そうかなあという技術が少しずつ開発され、浸透しつつある。Kinectなんてのも一例だよね。

そこまで行かなくとも、動画の解像度は大いに上昇し、情報のやり取りはリアルタイムになり、操作系はより自然なものとなると、机の上でキーボードを叩いたりスマホで液晶をタップしているだけで、本当の行動をしているかのような感を覚えさせる。ツイッターやLINEを通して相手とチャットをしていると、まるで目の前に当人がいるような感覚にとらわれるでしょ?

でもそれはあくまでも情報のやりとりのみであり、五感による実感は伴わない。いや、本当に現実で体験したとしても、結局それは情報の取得であることに違いは無いのだけれど、結局必要最小限な情報と、現実に対面・体験した時に得られるさまざまな情報ってのは、相当違ってくる。

で、その差異が積み重なると、何か位相のずれを感じ、それが見えないストレスになるのでは......という話。

最後に「妄想だけど」との断わりがあるけれど、この話には案外説得力があるし、納得もいく。第三者が効率を考えた上で必要としている情報と、日々の生活、判断の中で欠かせない人間の心身において必要な情報との間には、やはり違いがある。レシピ通りに料理を創っても、一流料理人と同じ味が再現できないのは、レシピ外のさまざまな点で欠けている情報があるから、みたいな感じかな。

岡崎二郎先生の「アフターゼロ」内の「オフィス」という短編漫画では、まさにこの話がテーマとされていた。個人宅に端末をおいてそこから疑似空間上のオフィスに出勤し、人々は在宅勤務でありながらも出勤しているような労働環境で、効率的に働けるはず、というもの。しかし「幻想空間に耐えきれなくなった社員が、つぎつぎに脱落していく」という現実が語られている。

当方はこの作品を復刻編集版で知ったのだけど、大本は前世紀のものだという。すでにその時点で、実行動と疑似空間上の情報位相のずれによるストレスを考えていたとすれば、結構すごい話ではある。

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このページは、不破雷蔵が2015年4月 5日 06:22に書いた記事です。

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