「世界報道の自由度ランキング(World Press Freedom Index)」に関するあれこれ

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先日から本家サイトの記事【世界各国の「新聞・雑誌」や「テレビ」への信頼度をグラフ化してみる(2010-2014年)(最新)】が繰り返し引用されている件でちらりと気になってはいたのだけれど、色々と首を傾げていた件に関してある程度「ああ、そうなのか」的な話が寄せられた、確認できたこともあり、覚え書きも兼ねて。

多分にこの結果をもって「だから日本はダメだ」さらに「自分達は弾圧されている云々」と先日の1200人な人たちと絡めてきたりとか、色々と斜め上な話が続いており、それに当方の上記リンク先の記事が使われているので、頭が痛い限り。

この結果を基に多種多様なジャーナリストを肩書きとして持たれる方々が多数ご意見を述べられているけれど、そのような意見を自由に出来るだけでなく、不特定多数に情報として発信を行え、しかも公権力で拘束されていない状態が「自由度が低い」と言えるのかな、と。これって「独裁だ」と叫んでいる方々が、国の立法府の真ん前でデモを繰り広げているのと同じなので、その存在自体が、主張の否定になってしまっているという。

世界報道自由度ランキングは2002年度からのものだけど、情報の定義やら配信技術の変化やら(特にインターネット周り)、そもそも論として「報道とは何ぞや」的な話やら、国家と個人の情報面での位置関係の複雑化、多様化やらを考えると、指針そのものが旧態依然的な感は否めない。多分に設定そのものが情報革命が起きる前のままで止まっているのだと思う...要は物差しが古いまま。

とまあ、ここまではよくありがちな「時代の変化に伴う正当な情勢の変化に対応できない、古めかしさを覚える指針で生じたひずみ」的なものということで、そんな見方もあるよね、で済むレベルの話。ネタとして数日もすれば風化するもの的かな、というところだったのだけど。

「当該国の回答者が前年比で報道の自由を感じたかアンケート」であることを頭に入れた上で。


この類の調査においては、正確さを期すためには多分に、調査対象となる調査対象母集団の数が一定量以上であることが必要最低限な条件となる。特定少数による意見はぶれやすく、イレギュラーが生じ、それが全体を評価してしまうと実態とは異なるものとなってしまうからだ。たまたま成績が超良い子供一人を対象にしてその成績を例示し、その学校全体の学業動向としてパンフレットに掲載したら問題でしょ?

まぁ、つまりはそういうこと。特に【国境なき記者団による2013年の世界報道の自由報告・日本関連部分】本文とそのコメントによる追加解説部分で実情が良くわかる。よりによって、というか、ね。これでは「国境なき記者団」そのものの精査能力も疑われてしまう。同業者の名前を語っているのなら、無条件で信じてしまうのか......ってあたりは、まさに先日の某旅券返却問題における「お仲間意識」的な擁護の動きと香りが似ているし、指摘にもあるけれど、自由なんちゃら協会のそれと近しい感もある。

「国境なき記者団」そのものの精査能力が著しく疑われている事案には違いない。まぁ、海外からの話であれば無条件で信じるってのが、いかにリスキーか、そしてそれを悪用している筋があるってことは覚えておくべきなんだろうな。

            

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2015年2月14日 08:44に書いた記事です。

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