なるほど理解、空き地渇望論と名作の創られ方

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先日「艦これ」とバレンタインデーに絡んで、「艦これ」の設定とはあまり関係の無い話ではあるのだけれど絶妙な素材の用い方をした、結構渋めな創作短編漫画を目にし、何気に想っていたことがズバリと語られていたので驚いた。この話って以前「妖怪ウォッチ」でも触れていた「他の人たちの手あかで汚れていない、自分達の領域が欲しい」との需要に応えたから受けたってのと通じるところがあるんだよね。昨今では創造性に劣る子供が増えたという話もあるけれど、それは見方を変えれば創造性を創りだす、発揮する、披露する場が失われていることをも意味するような気がする。


何をもってして成功・失敗の判定をすべきかという問題はあるけれど、少なくとも発表当時の熱狂ぶりと比べれば、随分と醒めた、ドライな形での評価が多分を占めている気がする。その理由はやはり指摘されている通りで、原作付きアニメの宿命部分において、かじ取りの判断を上手くできなかった感はある。

これは個人的な感想だけれど、スタッフは多分なまでに作品そのものに愛情を持ち過ぎていたのかもしれない。だからこそ一緒になって遊びたくなってしまった。そう考えるとするりと道理が通る。

この辺りの話は、メディアミックスの観点では比類なき経験を持つKADOKAWAならば十分に把握しているはずなのだけど、やはり全体としての経験とプロジェクトベースでのそれとは完全に一致しないってことなんだろうな。

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このページは、不破雷蔵が2015年2月16日 06:52に書いた記事です。

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