モラルは空気のようなもの

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成文法ではなく不文律のようなものであり、経験則によって構築されている部分も多分にある、モラル。それを守らないと個人の範囲ではプラスとなるかもしれないけど、社会全体としてはマイナスになるからこそ存在しているもの。公衆衛生などでよくあるものだけど、そのモラルは幼い時からの日常生活の中で学び、理解し、習得していく。だから保護者がスットコだったり学校や近所の人たちがオタンコナースな人ばかりだったりすると、モラルの低い人間ができあがってしまう。そこまでいかなくても国や地域でモラルの中身が随分と変わったりもする。

だからこそモラルは日々の生活を平穏無事にしていくための知恵であり、欠かせない存在に違いない。それこそお金の使い方とか自動販売機での物の買い方とか自動改札機の利用の仕方と同レベルの話なのだろう。さらに指摘されている通り、空気のようなものだと思った方が適切かもしれない。普段は意識することすらなく、自分がこなしているという考えはないけれど、当たり前のように存在していて、それを常日頃から活用している。もしそれがなければどうなるのか。まさに「空気が無くなればよいのに」である。

モラルは空気のようなもの。だからこそ、モラルを守らない人のことを「空気を読まない」というのかもしれない。

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このページは、不破雷蔵が2020年9月19日 07:24に書いた記事です。

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