スポーツと政治の問題

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某テニス選手の思惑は本人に近い関係にある人の立場が多分に影響しているようだけど、だからといって無視しちゃいけない話に違いはなく。

どのような理由があろうとも、スポーツと政治は混ぜちゃいけないし、片方をもう片方に利用してもいけない。正義だから、正しいから、間違った話だから別にいいのでは、悪い話ではないだろうとの意見が多々あるけど、それではその正義とか正しいとかいうものは、どこの誰が決め、その正当性は誰が保証するのだろう。区分はどのように設定するのか。

区分は思惑次第だということになるのなら、その人の思惑でいくらでもスポーツを政治に利用できるようになってしまう。あっという間に歯止めが効かなくなり、何でもアリになる。それはもうスポーツではない。

今回の話に限らないけど、判断基準をお気持ちだの思惑だの正義だのというような、曖昧で人の考え方次第でどうにでも采配できるものにしてしまうと、おおよそは悪用されろくなことにならない。適用対象そのものが汚染されてしまう。ならばきっちりとゼロイチで、ダメなものはダメと明確な区分をするべきなのだな、と。

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このページは、不破雷蔵が2020年9月16日 07:42に書いた記事です。

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