目に見える効果がでないもの、プラスにならないものは評価されがたい

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先日景気ウォッチャー調査のコメントを眺めていて思ったこと。新型コロナウイルスの対策が良い例なのだけど、防疫行政って結局それをやったところで何かプラスになることが直接目に留まるというか確認できるようなものはなく、マイナスが生じるところを防いだってことに留まるのだよね。間接的には例えば平均寿命が延びるとかいうのはあるけど、それだって数年単位のレベルで何となく統計の上で相関関係的に浮かび上がってくる程度。手をつけないで生じるダメージって、まさに因果関係としてのものなんだけど。この辺りが理不尽。

これって防衛行政とか防災行政と同じ。守りってのはマイナスを減らす行為であって、プラスにはならない。元寇で防衛戦には勝ったけど敵地に攻め込んだわけではないので恩賞としての土地をあげられなかったから、武士たちの不満が高まったという話を思い出す。

ともあれ、目に見える戦果がないと評価はされにくい。目に見えないからこそ大切なものではあるのだけど。


新型コロナウイルス関連で出てくるさまざまな魑魅魍魎たちの詭弁狂言も、結局はこういう話となるのかな、という気がする。ぱっと見で目立つもの、評価を受けそうなものを推奨していることが多い。まるでドラマ仕立てのような話の展開でないといけない、という感じ。

でもそれって本当に必要なものか、やらねばならいものかどうかとは別問題なのだよね。明らかに数字が出るけれど、その数字は意味があるものなのか、よく考えてから話の良し悪しを決めなきゃならない。声が大きいだけのペテン師に振り回されていたらいけないのだよね。

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このページは、不破雷蔵が2020年5月14日 07:43に書いた記事です。

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