好きな居場所は積極的に活用してお金を払うこと

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お金ってのはあらゆるものに置換でき、蓄積も可能だし時間も場所も超越できる、ステキナイスな道具に違いない...というかむしろ逆で、そのように使えるように定義した概念に他ならない。だから、それを自分がお気に入りにしている対象に、積極的に投資をすることで、その対象は生き永らえ、さらには成長発達していく。血液や酸素のようなものでもあり、それが途絶えれば当然息絶えてしまう。

お店での物品の購入、サービスの利用、定期契約など、お金のやり取りはすべてその対象への投資・支援を意味する。お金を介して直接その店と交流することができることにもなる。

お金のやり取りが無ければ商売は成り立たないから、慈善事業でない限りはお店を畳まねばならなくなる。無くなってから惜しいことをした、残念だと嘆いても後の祭り。まぁ、店舗側の純粋な事情(経営者の死亡や引退、その他経営難以外の理由)により閉じてしまうこともあるわけだけど。

ともあれ、自分が気に入っている、好きな、大切だと思う場には積極的に足を運び対価を支払うこと。これってアレだ、昨年の某漫画村関連で生じた、本屋とか書籍のコンテンツへの対価問題と被る部分があるな(書籍が大切なのか、本屋が大切なのかという問題もあわせ)。


いわゆるオタクと呼ばれる人がそうなのかどうかってのは正直統計の類がないから確証はできないのだけど、自分が好きなものには積極的に「投資」をするという観点では、確かに合致するものがあるから、その意味を理解していても不思議ではない。いわゆる「推しに捧げる」的な感覚。ただこれって、昔からあった話で、その行為や対象がオタク云々と呼ばれていなかったまでの話。

ともあれ、自分が気に入った対象には惜しみなく対価を投入する。それは単なる無駄使いとか浪費ではなく、その対象の命の糸をつむぐ行為に他ならない。それに気が付かないと、何でもケチろうとしてしまうのだけどね。

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このページは、不破雷蔵が2020年1月21日 08:07に書いた記事です。

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