アナ雪2のステマ事案と「広告」の表記と

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アナ雪2のステマ事案で問題視されている、というか注目しておきたいのは、どの意思が働いたのかはまた別として、「広告」と明記しなければならないような状態でその表記を忌避し、実際につけなかったということ。確かに「広告」などの表記をしない方が注目される、読まれる、広告出稿側の思惑に基づいた行動をしてもらいやすくなるのは事実。ただそれをしないのは倫理上に反しているし、ツイッター上の展開が米国法・日本の法どちらに抵触するのかは別としても、いずれにせよ法的な問題が発生することになる。

さらに関係者の一部から「広告だということは読めば分かるので[PR]つけなくてもいいじゃん」的な発言も出てきて、腰を抜かすぐらい驚いた。頭の中でそういうことを思うのは別としても、それを第三者にも認識できる形で公言することに、どのような意味があるのか理解できているのだろうか。

また今件は数年前に問題視された、いわゆる「ネイティブ広告」と同じ構造を抱えている。広告と明記されると読まれないから、どうにか理屈をつけて広告明記をしなくても済むような、広告を打ち出したいというプロモ側の思惑というか策略というか悪知恵というか。


そして今件の「読めば(広告かどうかは)分かる。だから『広告』表記なんていらないじゃん」。これって広告か否かで読む・読まないを判断している人には致命的な問題なんだよね。また、読んで広告か否か分かるのは、読んだ人の解釈次第だから、この点でも問題。以前問題になった「最後に『広告』と書く記事」と同じ。いや、それよりたちが悪い。

例えるなら、アレルギーを持つ人に「これにアレルギー性物質が入っているかどうかは食べてみれば分かる」と言って食べ物を差しだしたら、どうなるか。「読めばわかる」は極論として、そういうことなんだよね。

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このページは、不破雷蔵が2019年12月 8日 07:55に書いた記事です。

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