情報のよいところどりで抽出したものばかり見ていると世界への見方が偏ってしまう

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情報の発信や取得が容易になり、精査検索もさくさくできるし、蓄積や再検証も簡単にできるようになると、良いところどりをしてしまい、全体像が見えなくなってしまうことがある。バイキング料理で自分の好きなものばかり取ってきて、その会場全体で何が用意されていたのかを把握できなかったような感じ。

バイキングならそれでもいいけど、他人との能力についての観点では指摘されているような事態が生じかねない。他人のよいところばかり目に留まって印象に残り、それと比較して自分はどうなんだろうというダメダメ感を覚えさせられる。これって例えるならエリート校に一人自分だけ一般の人が入学してしまったとか、朝から晩まで偉人の物語を聞かされるとか、両親も親戚も友達も立派な人物でその話ばかり聞かされるようなもの。

自分が他人の美味しいところを見て羨ましがったり目標にしたりネタとして堪能するのは別に構わないのだけど、そういう部分だけを見て自分を卑下するのは勝手が違うというかどれほどの意味があるのか。

他人から見れば自分もまた、何かを持っている人のラインアップに加わっているかもしれない。また、目に留まる「美味しいところ」について、本当に自分もそれが欲しいのか、そしてそれを得るために必要だったであろう運や努力や投入リソースや能力を、自分も費やす覚悟はあるのか(実のところそういうもの無しに得てしまう人もいるのだろうけど)。

指摘されている通り、切り口を他人視点では無く自分視点でってのは、この類の劣等感というか虚無感にさいなまれないための方法論の一つ。ゲームの主人公切り替えのように、他人と入れ替わるなんてことはできないのだから、自分の中で持っているものを見つければいい。他人は比較対象ではあるけど、自分をさげすむネタにする必要はない。うらやむぐらいはいいんだろうけどね。

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このページは、不破雷蔵が2019年5月29日 07:03に書いた記事です。

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