息抜きの時間、大切

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単に息抜きっていうレベルじゃなくて、色々と考えている、考えなきゃならないあれこれを全部タンスの奥とか押し入れにしまい込んで、何にも無いような部屋でごろりとしまくりたい、という感じ。何もないよねーということだけを考えているような、そんな時間があると、心底気が休まるような気がする。

もちろん目標設定をして、それに向けて歩むこととか、必要に迫られていることに対応するための手立てを考えたりってのは大切なもの。でもそれらの行動とか思考って、少なからずエネルギーを使っているモノなので、ずっとエンジンをかけっぱなしのような状態なのかもしれない。

「生活すべてを目標に搾り取られてる感覚」ってのは、どこかの漫画で見た「あなたはその目標のためだけに生きているの?」という問いにも似ている気がする。あるいは目標じゃなくて仕事とか。

そのような状態に耐えられる性質ならばいいのだけど、大抵はどこかでオーバーヒートを起こしてしまう。自身が気が付かないうちにそのような状態になって、病んでしまうかもしれない。水分を意図的に取らないと知らぬうちに脱水症状に陥っていたり、熱中症の症状が出かねないってのと同じもので、自分でその自覚が無くても、日常のあれこれから分離した時間、あるいは普段とは全く別のベクトルを向けるような気分転換を、意図的に設ける必要があるのだろうな。ネット断ちってのも方法論としては確かではある。

まぁ、本当に切羽詰まってくると、そういうことすらできなくなるのだけどね。

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このページは、不破雷蔵が2019年5月18日 07:25に書いた記事です。

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