マスコミの自称する「社会の木鐸」は子供への折檻を正当化する保護者と同じ

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何の問題も無い、他では平気で行われているようなことをあたかも大問題であるかのように騒ぎ立てて足を引っ張るマスコミ界隈。以前も触れたけど、日本の社会的問題の大部分は、年齢階層別の人口構成比と、財務省の構造問題と、そしてマスコミの内情であり、これらが解決されれば随分とパラダイス銀河になるのではと考えている。

で、そのマスコミが自分の挙動を正当化する際に用いるフレーズの一つに「社会の木鐸」ってのがある。元々半鐘みたいに注目をしてもらうための木が付いている大きな鐘のことで、ここから転じて世の中を指導する、諭して教え導く人的な意味合いを持つ。社会的なリーダー格的存在ってことだな。

おかしいのは「そうであるべき、そうなるように常に身を正していかねばならない」という心構えだったはずが、今では「自分達の行動はそうなのだから、周囲はそのような配慮をして従うべきだ」という目的と手段の入れ替えが生じてしまっている。「お客様は神様です」と同じようなもの。

今や「社会の木鐸」を自称するマスコミ、報道は反社な社会の弊害集団。マスコミによる「社会の木鐸」は「社会をボコボコ」と同意。それでいて自行動を正しいと確信しているのだから、DV行為をする配偶者や折檻をする保護者と何の変わりも無く。

そう、マスコミの「社会を叩いて、悪口を語り、実名を露出して迷惑をかけ、偏向報道を繰り返す行為」を正当化する(正しいものとして主張しているけど、どこか奥底で間違っているとの思いもある)どころか正しいものと確信する考え方って、子供への折檻をしつけだから当然だと主張する保護者と同じなんだな。ある意味、狂信者による破壊活動と同じだったりする。

そう考えると、報道関係者が妄言や暴言を繰り返し、それを悪いとする姿勢を示さないのも、容易に理解ができたりする。マスコミの暴走はしつけと称して折檻をする保護者と同じ。そういうことなんだな。

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このページは、不破雷蔵が2019年3月13日 07:07に書いた記事です。

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