自分の評価は自分の値付け

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お金っては価値の物差しとしても使われる。粗大ごみの日に打ち捨てられているような造形でも、実は数百万円の価値がある貴重なコレクターアイテムだったってこともよく見聞きするけど、あれもまた価値の物差しの意味をよく理解させてくれる話ではある。あるいは蚤の市で買った数ドルの古美術品が、実は歴史的に有名な名画だったとかね。

フリーランスの場合は特にだけど、対価をしっかりと正当な額で設定してくれているところは、少なくともその価格分だけの価値を見出してくれているわけだから、その分の期待もかけてくれているし、評価もしてくれていることになる。時に値付けをしておいて支払い時に値切ってきたりトンヅラするケースもあるけど、それはもう問題外なので今件では考慮する必要は無し。例のラーメン関連の漫画で主要人物の一人の、頭が寂しい人が語ったセリフを思い出す。お金には責任が伴うもの云々ってやつね。「金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる」。

十分な対価を支払ってくるってのは、それだけ信頼をしている、お任せできると考えているということになる。色々と経験してなるほどとうなづいてしまう人も多いはず。


で、ここから転じて、こういう見方もできる。自分の報酬を値切っている人は、「自分は低品質の存在ですよ」とアピールしているようなもの。なるほど確かにそれは真理ではある。法人レベルでお値打ち価格云々ってのも、単にお安いものかなというお得感を得られるものもあるけど、それは対象がナショナルブランドなどの他でも容易に調達できるもので、それと同程度のものだとの認識があるからのもの。フリーな人の成果物ってのは他には代えがたいものだから、お得云々ってのは比較できるはずも無く。

だからこそ自分の対価報酬は値切ったりしてはいけない。安請け合いは自分の質を下げるようなものだ。

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このページは、不破雷蔵が2019年2月 1日 07:58に書いた記事です。

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