人は何に対価を支払うのか

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二束三文の壺を価値あるものとしてラベリングして大儲けをしたルソンの壺の話とか、霊感商法的なものとか、キャラクターグッズとか版権ものの話とか。善悪まとめて人の対価天秤の基準ってのは不思議なものだなということを改めて実感させられるお話。

この類のって、指摘されてみればなるほどって納得できるのだけど、自分で新しいものを創生できるかってことになると、なかなか難しいのだよね。ここに以前から何度か取り上げている「自分はたやすくできるし当たり前のものだと思っているけど、他人にとっては貴重なもの、大変なものには、大きな価値が見いだせる」ってのがつながってくるような気がする。【他人に喜ばれること、自分がやりたいこと、自分で出来ることが大切】とか【自分が楽にできることが長所であるとの考え方】辺りのお話。

あとは市場調査というか、ターゲットがどこにいるのか、採算がとれる対象なのかを見極められるのかってのも大切な気がする。プラスαをすれば今まで見向きもされなかった層から思いっきり評価されるとして、それをどうやって見極めるのか、その反応はどれほどなのか、とかね。


場所と権威づけ、需要と供給を併せ考えれば、原価にいくら上乗せしても評価はされ対価は支払われる......まぁ、この事例の場合はそれなりに経費もかかっているから仕方が無いのだろうけど。山頂の自販機で缶ジュースが通常の数倍の価格で売っているってのと同じだよね。

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このページは、不破雷蔵が2018年12月28日 07:26に書いた記事です。

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