メディアはツールでしかなく、流されるコンテンツで判断される

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インターネット回線が高速化し、周辺技術も続々色々なものが生み出されて浸透していくにつれ、それらを使った表現方法も多様化していく。既存の技術の組み合わせとか、発想をまったく別のものにしたものとか、やってることは大して変わりは無いんだけど運営会社が違うとか。

けれど結局のところ、従来のメディアも併せ、面白みってのはメディアに依存するところはほとんど無い。メディアで提供されるコンテンツそのもので評価されたり面白いと判断されたり商品として重要視されていく。特定メディアやツールが持てはやされる場合、そのメディアがかかえているコンテンツが豊富であるってことになる。

無論メディアによってできる・できないことが違うから、同じおおもとのコンテンツを使っても、メディアによって評価が大きく異なる場合もあるだろう。けれどコンテンツイズキング(コンテンツは王様)って概念は変わりが無いということなのだな。この辺り、雑誌の連載陣で考えるとよく分かる。ジャンプが面白いのではなく、ジャンプに連載されている漫画が面白いのだな、と。

ただねぇ......。色々な調査だとコンテンツ、つまり発信元が基本でメディアは道具でしかないってことがおざなりにされて「インターネットと新聞ではどちらが信用できますか」というのが平気で語られていた李するんだよな。検索エンジンでもコンテンツイズキングと自称しておきながら、実際にはドメインとか素早さとかスパム的なもので重要を位置づけてしまっている。

世の中色々と難しいものではある。

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このページは、不破雷蔵が2018年12月 8日 07:24に書いた記事です。

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