節約は個人ならOK、国はダメ...個人と国家でお金勘定の概念を一緒にするな

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個人や世帯ベースでのお金勘定は自分自身の損得がベースになるし、少なくとも社会全体に影響を及ぼす事はほとんど無いので、「自分が浪費しないと世界が回らない」という考えは、ある程度余裕があるというか、優先順位は低くてもいい。そりゃ確かに例えば地元のお店を使わないとその店の売上が減るので、店がコケるというリスクはあるけど、そういう考え方が出来る人ならば、そもそもお金の意味とか循環の概念を認識できているので、あまり心配はいらない。

他方、国や社会全体の話となると、個人と同じ考えでは困りもの。ぶっちゃけると、国の場合はお金を刷って流通量を増やせるという技が使えるので、ある程度の浪費も許される......というか、個人ベースでは浪費と思われるような行為でも、国全体においては、経済を回すために必要不可欠な行為だったりする。

例えば輸血。けがをしたり失血が酷かったりで血液の病気が生じたりで、輸血の必要性に迫られる状況ってのがある。人工血液の類を投入しなきゃならないこともあるだろう。自分の体で作られていない血液だから、そんなの輸血するわけにはいかない、どうにか自前でってのが、個人・世帯ベースでの考え方。でもそれでは、身体全体がお亡くなりになってしまう。不足している分を補うために投入をして体に酸素や栄養を行きわたらせ、循環させていくってのが、輸血の役割。それと同じようなことが、国ならばお金を刷ることで可能になる。インチキ? 元々そういうインチキ技ができるのが、国の特徴であり長所に他ならない(地方自治体でも地方債とか、企業でも私募債とか出してるよね)。


資産の再分配云々とはまた別に、チャンスが与えられていないってのは大きな問題には違いない。この辺りは上記の国と家計のお金勘定の違いによるものでもある。

「"企業が税金払うくらいなら給与払った方がお得"な施策」のフレーズから思い返すに、企業の必要経費の問題がいい例だけど、ねたみの声の大きさによる施策がミスリードされて変なかじ取りをさせられているってのが問題なのだろうなあ、というのが一つ。

そしてもう一つはあえて触れられていないのかもしれないけど、現役層が稼げるような環境を生み出すリソースとなる「種もみ」に引退層が手を伸ばしているってのが大きな問題。いわゆる「種もみ寄越せ族」。北斗の拳のヒャッハーな人達。「若者が稼げる社会」の維持構築のためには、相応のリソースが必要なのだけど、ね。

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このページは、不破雷蔵が2018年10月22日 06:41に書いた記事です。

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