自分の居心地のよい場所に足を運ぶ方が楽

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先日のいじめの話にもつながるものなのかなあ、という気がするお話。人生は一度きりだし時間は限られているしゲームのようにリセット技など使えるわけではないので、自分のつらい環境下でぐいぐい頑張って努力して環境を変化させるってのも一つの手ではあるしそこにやりがいを求める人もいるのだろうけど、その苦労が実を結ぶという保証はどこにもないし、努力の成果が努力そのもののリソースと比べたら大したものでは無かったら疲れ損になってしまう。そしてそれらのリソースと時間は二度と帰ってこない。

自分を鍛えるためにというポジティブな考え方ならまだしも、仕方なく的な発想での取り組みをするぐらいなら、自分の出来る範囲を見極め、さっさと鞍替えをした方が気も楽だし人生もよりよいものとなる。

無論、その鞍替えするに値するだけの居場所を見つけるのが大変ではあるのだけどね。発想の転換というか、そういう選択肢があるってことを頭に入れておかないと「すげーツライ、でもここにいるしかない」という考えでしか物事を考えられなくなり、行き詰ってしまう。息詰まってしまうとも表記できるな。


漫画とか小説とか関連する教本的な話の中にも、相手を自分の好みに変えていく云々ってのがあるけど、あれもよく考えてみればおかしな話で。最初から楽......というか一緒に居ていいなぁ、と思う相手と付き合う事こそが取るべき選択肢なのではないかな、と思ったりもする。

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このページは、不破雷蔵が2018年9月 2日 07:49に書いた記事です。

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