自宅に本棚、特に専門的な本を集めた棚があるということ

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自宅に本棚がある人はそれを当たり前のように感じ、その環境の中で育っているから「何普通のこと言ってるの」で終わってしまうようになるのだけど、実のところこれは結構興味深い話で、何らかの統計をとった方がいいのかもなあ、という素朴な社会民俗学的テーマではあったりする。

自宅に本棚があるか、特にその本棚に何らかの分野に特化した専門書があるか(歴史でも社会でも科学でも何でもいい)。その類の本棚があれば、そこにはそれを読んだ人がいて、その内容をベースに語ることができるってのを意味する。希に百科事典一覧が並んでいるけど実は置物的な存在でしかないって場合もあるけど、その類として買ったとしても家の中にあれば、何らかの形で手を出して読んでいるはず。

そういう環境にある人は、情報の取得と説明、比較検証などを訓練する場があり、自己学習できる用意がされていることになる。まぁ、無論、近所に本屋があって立ち読みしまくりだとか、図書館があって通いまくりでもいいのだけど、日常生活の多分を過ごす自宅にそういうものがあるってのは、やっぱり強い。

これは統計的なものは採ることができず、経験則になってしまうのだろうけど、やはりそういう環境が整っていると、その本の知識そのものだけでなく、論理体系的な考え方の点で、成長過程において差が出来てしまう。

無論、本棚があればそれが神のアイテム的な存在となりオーラを発して自動的に子供が論理立てた考え方が出来るようになるというゲーム的なモノでは無く、そうなるような環境づくりのためには必須に近いアイテムの一つでは無いかな、ということ。

昨今ではこの「本棚」の代わりにインターネットがある、という意見もある。それは否定できない...けど、インターネットって本棚としては大きすぎて雑多すぎるのだよね。自宅に巨大な本棚どころか、遊園地が置かれているようなもの。しかも危ない路地裏とかも入ってたりするし、案内員も居ない。本棚に期待されているような効用を得る前に、自分の本能とか好奇心に忠実な方に目が向いてしまうし、現状で満足してしまう。ある程度の知識や経験を得ずに、情報の大海に乗り出すと飲みこまれてしまうような。


本棚が無い家などあるわけないという人もいるだろうけど、いや、マジであるんだってば。昨今では電子書籍として購入しているから本棚が無いというケースもあるだろうけど、電子書籍でもりもり書籍を買っている人は、本棚もすでにあってぎっちり詰まっているようなイメージがある。

また、よく考えてみると電子書籍ってのは得てしてプライベートでリンクされているから、個人として購入したところで、世帯内で共有されることは滅多に無い。本棚の意義「世帯構成員が任意にアクセスできる」という意味合いは持たず、本棚の書籍と直接比較するのはちょいと違うかな、という気がする。それこそ、固定電話と携帯電話の違い、みたいな。

雑誌や週刊誌、新聞紙の類を自宅に持ち帰っても、電話のそばに山積みにして、少したまったらまとめてひもで縛って捨てる。本棚の類は必要無し、という描写、結構見るような気がする。

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このページは、不破雷蔵が2018年8月18日 07:36に書いた記事です。

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