ボランティアはタダ働きで使い捨て可能なリソースなんかじゃない

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例のオリンピック関連で多様な方面にボランティアを用い、そのボランティアを集めるために多額の資金をぶち込んでいることに、本末転倒だの悪しき利権だのという話がフルスロットルで行われている...けど現行報道ではどうなんだろう。否定の意見は極力抑えられている雰囲気が強い。

オリンピックのボランティアの件は、以前も指摘したけれど「オリンピックはボランティア運営が基本」という慣習を最大解釈した上で「間接関与ならばその慣習は適用しない」という勝手解釈をした結果なのかなという気がする。そして「ボランティアで運営できるのに金をかけるとは何事だ。もったいないだろ」というモンクレが大騒ぎしている、あるいは容易に想像できるのも、妙なまでにボランティアにこだわっている感はある。ボランティアとは該当者自身が自発的に行うものであり、第三者が何らかの形で力を行使して当事者に強要・後押しをするものでは無いのだけどね。

ただ、今件に限ると、オリンピックのボランティアの要綱を見るに、「ただ働きの奴隷が欲しい」という話にしか見えないし(この辺りは「サービス残業」「これまでのデフレ経済の時と同じ条件で新しい人材が欲しい」と同じ)、条件が悪すぎて死人...とは言わないまでも物理的なトラブルが発生しかねないものが多い。だからこそその筋のプロ、有資格者にやらせるべきだという業務なのだけど。ましてやそのようなあれこれを、「学校単位で動員して穴埋めさせよう」という浅はかな考えの下、学生児童生徒(【「児童・生徒などの使い分け」】にもある通り、学生は大学生や高専、生徒は中学・高校、児童は小学)にさせるなんてのは問題外。


ボランティアを子供にさせるってことのリスクには、こういうのもある。当事者が受けるリスクってのがまったく無視されているんだよね。奴隷には人権も無いって話? 色々と無茶苦茶である。

ボランティアにせよサービス残業にせよ、言葉の解釈を最大限自分の勝手有利な形にして振り回し、本来の主旨を逸脱し、言葉そのものを汚してしまうってケースなんだろうなあ、と。

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このページは、不破雷蔵が2018年6月17日 07:08に書いた記事です。

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