オタク扱いされるような趣味の廃棄は本人にとっては人生の廃棄に等しい

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昨今、世間一般からはオタクと評されることもあるような、少々濃い目と判断される趣味に関して、色々と論議が挙がっているけれど、それ自身はさておくとして。その話の過程で、本人はともかく周辺の人にプラスとならない、つまらないように見えるのならば非難糾弾しても構わない、さらには当人に無許可で勝手に廃棄して棄教させてしまっても問題は無い、むしろ正義だという話がある。

該当する趣味が違法行為や有害物質をまき散らし環境に影響を与えているのならまだしも(それはパージする正当な、法的根拠が生じる)、そうで無い場合は指摘されている通り、その人の人生そのものを否定し廃棄したのと同じになる。

趣味として長い間紡いできた対象は、その人の人生の一部であり、好きなこととしてリソースを投入した対象であり、子供のような存在である。また色々なつながりを得るための接点にも違いない。それを捨てるというのは、人生そのものを否定されるのに等しい。


自分のスマホをデータごとまとめて捨てられたらどう思うか。パソコンをバックアップデータまで含めて完全に廃棄されたら。自分の人生を切り取られ、勝手にデリートされたのと同じ。「攻殻機動隊」でウソの記憶を植え付けられて、その記憶がウソだということが判明した男性の話を思い起こさせる。

「オタクだから」「自分が理解できないものだから」とゴミ扱いして廃棄するってのは、実のところ非常に大きな罪に違いないのだな。

            

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このページは、不破雷蔵が2018年4月22日 07:10に書いた記事です。

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