昔のオタク像の一形態

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無論これのみがオタクといわれたエンタメ系のファンの様式のすべてであるわけじゃなく、個人差も多分にあるし時代や環境による違いもあるのだけど、パターンの一つとしては近しい思い、経験をしている人も少なからずいる。リソースが足りずに自分の願望をかなえ難かった、環境・ツール的にも難しかった昔のオタクな人達は、どうやってその欲求を充足していったのか。

結論の一つとして「あきらめる」というのは正解ではある。断片的な情報から色々と妄想したり、自作して疑似体験したり。オタクとは違うかもしれないけど、子供が大人の様子を見て真似をしたがり、新聞の広告を切り抜いて腕時計とか車を作ってみたりするのも似たような話。段ボールで家をつくるとかね。


得られる情報は限定的だったし、書籍にしたって望みのものが存在しているか否かすらわからないなんてことも無く。デパートの立ち位置が変わっていったのと連動するのだけど、かつては色々なものが一堂に会していたデパートは、その存在自身が夢のような場所だった。それが今はネット上になっているのかな、という気もするけど。


お金に関しては、実のところ今も昔も変わらないのではないかと思う。お金ってのは色々な物事、リソースを調達するための手段だから、それが無ければ手に入らないのは当たり前。その辺の工夫なり努力なり諦めなりをせずに、欲求をストレートに充足させたいから不法・違法行為に容易に走り、それを正当化するのは、やはりおかしな話には違いない。

このような話をすると「ならば昔の方がよかったというのか」という反論があるのだけど、そんなはずはなく。今の方がよいに決まっている。問題なのはどうして昔出来たことが今ではできないの? ということ。まぁ、情報がもりもり来るようになって、願望が強くなっているからってのはあるのだろうけどさ。

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このページは、不破雷蔵が2018年4月18日 07:24に書いた記事です。

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