お金はさまざまな価値の体現化、リソースの数字化。無ければあれこれ手に入らないのは当然の話

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ちょいと前に話題になった、ペットを自前で飼う時には相応のお金が必要になるので、それだけの余裕が無い人はペットを飼うべきではないという話。「そうだよね」でオシマイのはずなんだけど、当時は何故か「お金が無い人はペットを飼っちゃいけないのか」「ペットを飼い育てるという気持ちが大切なのであって、お金は別にどうでもいい。無ければある人から善意を受けるなり、獣医などが負担すべきだ」という斜め上的な発想をネタでは無く本心で主張してくる筋がある。

まぁ、世の中色々な人がいるから、確率論的にそのような人がいること自体は否定できないのだけど、数が結構多かったりすると、唖然とするわな。

この話、例の漫画不法掲載サイトでの議論「お金を出さないとマンガを楽しんじゃいけないのか」とか、ゲームコピーツールでの「ゲームは高いので自分達は無料でコピーして手に入れる権利がある」という、別世界の住民のような言及を思い起こさせる。合法で無料提供されてるのも山ほどあるからそれを楽しめばいい(ペットにしたって自分で飼うわけじゃないけど動物と安価に触れ合える場はいくらでもある)。第一お金ってのはさまざまな価値の体現化したものであり、それを消費しなきゃならないってことは、それだけ価値を他人に与えて代わりにリソースを受け取るってことに他ならない。ただ働きをしろというのかな、と。

●×したいという欲望は誰もが持っている。けれどその欲を満たすためには、相応の対価が必要になる。これはどのような行動にも共通する原則。お腹がすいたからといって代金を支払わずにお店の食品をとって食べていいわけじゃない。ペットにしても、飼いたいという欲があるのなら、相応の対価が必要になることは、お金の概念を認識できている人ならば、理解すべき話ではある。そんなにお金を費やすのが嫌なら、どこぞのリアルタイム無料配信映像サイトを通じて、動物を眺めていればいい。動画共有サイトにも山ほどわかいい動物の動画が掲載されている。


ペットや漫画、ゲームに限った話じゃない。世の中には「分相応」という言葉がある。自分の立ち位置に甘んじることなく高望み、さらに上を目指して努力するとは決して悪い話じゃないどころか、成長のためのきっかけ、エネルギーとなるものなのだけど、現状にむかついて不法・違法なことをしたり、成すべき義務を果たさずに得ようとするのは、単なるわがまま、インチキでしかない。

落ち着いて考えればごく当たり前の事。手元に100円しかなければ100円のものしか買えない。そこで200円の商品を手に取ってレジに向かえばお金が足りないといわれるのがオチ。それでもそのまま店から出て自分のものにしようとすれば、お縄になるのが世の中なんだよね。

            

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このページは、不破雷蔵が2018年4月 1日 07:59に書いた記事です。

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