「教科書が読めない」と脳内補完のスキルとスマホの多用と

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少し前からツイッターのタイムライン上に挙がっていた「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」の話。なんか挙げられ方がちょいとステマの香りが強すぎるので逆に距離を置いていたので、その距離を保ちつつも外堀から眺めて見たりする、的な。

本が読めない......というよりは文字は読めるけど文面が理解できない、読解力に劣るって人が増えていて、それは自分の目についた、理解しやすい、ぱっと見で印象深い部分を脳内で任意抽出して、それを組み立てて理解したつもりになっている。定期的に流行る、文章の一部で文字が書けていたり、文字の順番が逆になっているけど、読むときに脳内で自動補完して正しく読めてしまうっていうアレが、暴走レベルまで進んでしまっている感じ。

元々正しく読んで文意を把握することに慣れていないケースもあれば、特定の文章に対して投じるリソースが足りなくて(接する情報が多いため一つ一つに割ける量が減ってしまう)抽出した接触方法を取らざるを得ない場合もある。どちらか一方とは言い難いし、それを見極める方法は無いけど。

また、この手法っていわゆる「速読」の手法と同じ。そしてその方法が許される場面とダメな場面ってのがあるので、、それぞれで使い分ければよいのだけど、それができる人ならば、そもそも今件のような「読めない子」にはならないはず。

この様な事例が報告されるのが増えた...というか何度か記事にもしてるけど、「本文読めば分かるのに明後日の反応したりコメントやリプライつけてくる」「話をしっかり見聞きすれば理解できることをどうして聞き返してくるの?」的なものも、あるいはこの問題と同じ理由のケースが多々あるのかもしれない。

その時にも指摘したけど、さくりとスクロール、ランダムアクセスが可能なウェブ上のテキスト、特に表示能力が限定されているスマホでの閲覧に慣れていると、この「勝手抽出による脳内自動補正での理解」が常用化されてしまい、結果として本人は理解しているつもりでも、全然理解ができていないって結果が多々生じる可能性はある。何というのかな、ワードサラダ的に文章を読んで咀嚼したつもりになってしまう。

何か実験でそのような傾向の裏付けが取れているのかどうか、確認する必要があるのだけど、これもまた、ウェブ、特にスマホ利用による文章の閲読が増えてきたことによる弊害なのかもしれないなあ、と。

            

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このページは、不破雷蔵が2018年3月 8日 07:16に書いた記事です。

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