商品を販売している人も、サービスを提供している人も、人には違いない

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労働形態の実情を他国と比較して羨ましいとの意見をよく見聞きする。それはそれで正しいのだけれど、それは同時に商品の対面販売やサービスの提供において、日本と比べてカバーされる領域が狭くなっている可能性が多々ある。人が従事することで行われるサービスである以上、そこには必ず人が介在するわけだから、その人は働いていなきゃいけない。自分にとっては便利だなと思うことは、その場で就業している人には仕事中だなということ。

「労働者の待遇と消費者の利便性はトレードオフ」。これはまさにズバリのお話。どちらか一方に、極端に偏らせるのは問題ではあるのだけど、仮に現状において働き側の環境が厳しすぎるというのなら、サービスの領域が狭まる、不便になるのを妥協しなきゃいけない。自分は極力便利になりたい、楽をしたい、不都合を受けたくない。でも全般的な労働条件は緩和しなきゃいけないっていうのは、ご飯を食べるけど料金は払わないよ的な無茶ぶりでしかない。

実はこの話において、解決策...というか改善策が無いわけでも無い。人が携わるから問題なのであり、ネタ話でよく出てくる「無人化せよ」というもの。つまりは機械化。人が従事していない時間帯は機械に任せればよい。最小限メンテナンスや保全などの人員は必要だけど。イメージ的には自動レジみたいなものかな。

ただ、それが推し進められると、「人のいない時間帯のみじゃなく、人がいるような時間帯でも機械に任せた方が楽、コスト的に割りが合うのでは」という結論が出てしまう。結果として、機械に任せられるような仕事に従事していた人の、働き口が奪われることになる。

サービスを利用するお客も人。労働者だって人。そして労働者を雇いお客にサービスを提供する経営者も人。それぞれのメリットデメリットのバランスを考えないと、どれかを優遇した結果、どれかが痛い目に会うことになりかねない。


ちょいと話はずれるけど。これも元をたどると同じような話だな、と。昨今のBtoCな商売において、高齢層の不条理なクレームが多いとの話は、人口構成比の変化に伴う確率論的なものの結果の他に、彼らが現役世代だった時の常識と、今の常識の差が許せないってのもあるのだろうなあ、と。サービスが簡易化した、融通が利かなくなったってのは、現状の需給関係に合わせてのもの。そこに昔の常識論を持ち出されても、というわけだ。いわば駅の自動改札で駅員がいない、切符を切ってもらえないと大騒ぎするようなものなんだよね。

ただ中身を見ると、どうも「それ、昔にやっても悪質な客扱いされただろう」的なものも見受けられるのだけどね。

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このページは、不破雷蔵が2018年3月 4日 07:34に書いた記事です。

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