「マスコミが報じない事実」と公平性の問題

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以前にも似たような話はしたかな、「マスコミが報じない事実」としつつ挙げているのが報道のシーンだったりとかいうネタ的話。それを切り口を変えて見てみると......的な。プロパガンダというか情報戦の手法の一つとして、指摘している通り、何かの話が挙がった時に、一つ反論を挙げることでその話そのものの広がりを留めるというものがある。中にはその反論が精査できない、し難いようなもので足止めしているってのもある。仮処分みたいなものだな。

で、確かに「報じていない」は言葉してゼロを意味するのであり、一つでも伝えていればそれで「いなくはない」とされてしまうのだけど。実態としては「マスコミが殆ど報じない、公平性に欠けた事実の伝達」、つまり偏向報道を意味するのだよね。なので「マスコミがまともに、ほとんど報じない事実」とすればいいのだろうけど、それでは少々長すぎるからねえ。

この公平性を欠いた、非対称的な報じ方ってのは、例のモリカケ(森友、加計)報道でのやり方が非常に良い例。テレビや新聞、ラジオのような一過性のメディアでは、勉強の時に用いる記憶術と同様、反復して多方面から伝えることで効果が絶大なものとなる。テレビMで反復されて流されると、そのCMのメロディが頭にこびりつくみたいな。それを悪用...と表現していいのだろう...しているのが現在の偏向報道の実態ではある。

例えば、プロ野球の実況で、片方のチームの事ばかり伝えていたりカメラを向け、もう片方のチームのことはほとんど触れないとしたら、どうだろうか。その実況は実況放送として正しいものだろうか。伝えているチームがスポンサーのテレビ局なら仕方が無いかもしれないけど、実況放送としては正当性を欠いている。それが報道で成されているのだから。

もっとも最近では統計を取ることで「偏向報道だ、不公平だ、でたらめだ」と追及することもできるようになった。人のやることだからある程度のぶれは仕方が無い。しかしそのぶれの領域を超えているのが実情。

で、そのような指摘話を成すと「物言えぬ社会」「私達は怒っています」「ネト●ヨが邪魔をする」「私の記事への想いを侮辱する」とよく分からないお話が出てきたりする、モラハラとかポリコレ棒のぶんまわしが来るのも現状だったりする。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年12月17日 06:27に書いた記事です。

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