言葉のやり取りと相手の認識と

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先行記事の自動翻訳で、ちょいと変な翻訳結果が出てそれを笑うのはいいけれど、本物の人間がウケを狙うためではなくて、真剣に意思疎通を考えた上で、言葉が足りなかったり習得がまだ完璧でなくて片言の語りになっている様子を見て、それをあざ笑う、卑下することがいかに愚かな事か。それが例えばスピーチコンテストの場で、語りの技術を成す場であるのならいざ知らず。

指摘のある通り逆の立場ならどうなんだろうか、それを考えればすぐに理解はできるはず。エラー、イレギュラー、期待した挙動と異なる結果に面白みを感じるのは人の本質の一つではあるけど、それをもし覚えたとしても、対象に向けて表現するのは失礼でしかなく、それを体現化するのは大人のやることではない。


言葉というのはコミュニケーションのツール。そのツールの取得が完璧でないと判断できそうな相手とのやり取りでは、意思と発した言葉との間に齟齬が生じる可能性がある。日本語が堪能ではないと判断できる人の言に関しては、そこを推し量る必要があるのではないかな。

そしてこれは指摘の通り、言葉を習得しきれていない、まだ経験が浅い子供達の間では良くある話。方言でも起きうる。まぁ、悪意のない人による配慮がなされていれば、随分と状況は改善されるはずではあるのだけど......。

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このページは、不破雷蔵が2017年12月15日 07:49に書いた記事です。

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