文章に触れる機会と、正しい文章と

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先日の文化庁の「国語に関する世論調査」周りの話でもちらりと触れたけど、言葉というのは社会環境に従い変化していく。元々コミュニケーションのためのツールでしかないから、ツールそのものは環境に応じて変化するのは当然の話。

で、コミュニケーションはインターネット、そしてソーシャルメディアの普及浸透に伴い、けた違いに増加する時代を迎えている。中でも色々と経験を積み、学習をしていかねばならない年齢階層にある人たちにもその波が押し寄せていることで、指摘の通り、正確なフォーマット、様式を学習する前に自分達の用語を刻まれてしまう可能性が、機会が増えている。海図も持たされず、航行に関わる法律も学んでいる最中で、船の操縦の仕方も知らない状態で、船舶関連の学生が海に船と共に放り出された感じ。昔流行ったギャル語的な、特定年齢層のみで認識されている言い回しを、日常の会話でも用いるようになってしまうような。

表現方法とか言葉の意味は社会人となるなど、必要になった時にまだ矯正のしようがあるけど、読解力とか文章力に関しては、付け焼刃は難しい。それができれば苦労はしない。あるいは最近「空気読め」的な感じで文章をしっかりと読めばわかる、中身を読み解けば理解はできる内容に関して、的外れなツッコミをされることがあったり、そういう奇妙な、日本語を読めているのかなという事例を見かける機会があるのだけど、今件の指摘のようなものが一因かもしれない。単に可視化されただけの話かもしれないけど。


まぁ、見方を変えれば、それだけ価値が出てくるのだろうなあ、というポジティブシンキングもしてみるけど、指摘の通り商業側も「てきとーでいいんですよ、売れればオッケー」的な姿勢を示すかもしれない。校正を受けている人で「校正をする側の校正力、日本語読解能力が絶望的だと感じることがある」という話もちらほら見聞きするようになった。

一番なのはしっかりとした日本語とフランクな日本語の双方を使い分けられるようにするって感じかな。それはもう、日本語と英語を使い分けるぐらいの価値があるのかもしれない。

...問題なのは日本語の読解力に絶望的な人が、それを認識せずに他の人に石つぶてを投げてくることなんだよなあ。いわゆる「言葉は通じるのに話が通じないという...これは奇妙な恐ろしさだった」事案の少なからずも、この「日頃からのフランクな言葉のやり取りに慣れ過ぎて読解力の修練不足状態となった人」によるものかもしれない。

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このページは、不破雷蔵が2017年9月24日 07:56に書いた記事です。

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