ツイッターのフォロワーさんは全員が自分のファンというわけではない

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これは実際にフォローをする立場になって考えればすぐに分かるのだけど、従来メディアの概念をそのまま新しいネット系メディアにも適用する性質の人は陥りやすい錯覚。3枚目の「フォロワータイプ」の分析はまだ足りない部分があるけど、目を通しておくと「フォロワーの人はすべてが自分の熱烈ファンで、作品を出したら絶対買う、的な」というのが単なる幻想でしかないことが分かるはず。

例えば有料メルマガとか雑誌とか新聞のように、対価を支払って情報を取得するような立ち位置の場合、相応のファンである可能性は高い。ロイヤリティが高いとでも表現できるかな。お金を払ってまでその立場につきたいと考えているのだから。でもツイッターのフォローとかFacebookのフレンズ登録とかって、原則は無料。だから誰もがすぐにできる。

中には熱烈ファンもいるだろうけど、そうでない人もいる。無料配布されているチラシを目に留め、手に取った。それぐらいの感覚でしかない。中には何かを包むため、吸い取り紙にするために手にした人もいるだろうし、逆に内容に関して敵対する人が監視のために取得しているかもしれない。さらにソーシャルメディアの場合、フォローをすることでフォロー返しの期待ができるので、それを狙ってフォローをしまくっている可能性もある(フォロワーが増えれば色々とメリットが出てくるからね)。

ツイッターのフォロワーさんの数は「同じ町に住んでいる人の数」「(大企業で)同じ会社で働いている人の数」ぐらいに考えると分かりやすいかもしれない。あるいは同じお店でいつもお買い物をする人。食堂や飲み屋の常連さん。多ければ論理的には公知能力がそれだけ増えていることに違いは無いけど、自分の目の前にフォロワー数と同じだけのファンが自分の発言を今か今かと待ち構えていると考えると、空振り三振レベルになるよ、ということ。

仮に「何かを周知したいな」と思うのなら、フォロワー数云々よりも、どうすれば多くの人に知ってもらえるのかを考えた方がよい。そしてそれはブログとかサイトの話とあまり変わらないのだよね。

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このページは、不破雷蔵が2017年9月24日 06:57に書いた記事です。

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