核シェルターと退避場所の話

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歴史資料で色々と調べた限りでは、米ソ冷戦時代でも核シェルターとして地下にコンクリ防壁や空気清浄器、数か月分の食料や水を用意したところは個人ベースではさほど普及率は高く無かったはず。また、指摘している・されている通り、着弾時の爆風などを避ける意味では、地下街や地下鉄施設は有益。第一、直撃や直接破壊を受ける領域では、軍事施設の対ミサイル措置を取っているような場所でなければ対抗は不可能だから。要はゼロリスクではなく可能性を最小限にする、防災ではなく減災の概念。

また、1983年かはともかく、資料で見た分でも指摘の通り、半年ぐらい潜れなければ意味がない的な論調はあった。でも実際にはそういうわけでもないのだよね。

冷戦当時に色々と注目された映画「風が吹くとき」「ザ・デイアフター」などを見返しても、個人ベースで数か月も籠城できるような部屋を持っているという描写は出てこない。あるいはその当時から日本でもゼロリスク論が振り回されていたのかもしれない。つまり軍施設同様に完全防御で数か月潜ったままでないような場所で無いとダメだ、とかね。当時はゼロリスク論的な言葉は無かったのかな。

で、この辺りの話を云々していた時に気が付いたこと。先のJアラートの話でも、「都市部以外には地下通路や地下街など無い」との指摘があったのだけど。対日本着弾可能性のある弾道弾攻撃の場合、地下や頑丈な建物が無いような場所が目標になるのは、どれ位の確率なのかな、と。

米ソ冷戦時代における数千発単位の弾道弾の投げ合いならともかくとしても。そしてミスやトラブルでそれて着弾の可能性はゼロではないけど。地下や頑丈な建物がないような地方へ向けられる可能性はどれほどだろうか。それを考えるとJアラートにおける指示(地下や丈夫な場所、それがなければ物陰に隠れて身を低くする、頭を伏せて上を見ない)などは、他国で成されている方法でもあり、リスク軽減のためには極めて正しいものだと思うのだけどね。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年9月 1日 07:12に書いた記事です。

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