読者にしてくれるとありがたいなという話のあれこれと

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書物を手に取った側が書き手へできる支援的なものの話。書物を購入する行為そのものが支援なのはもちろんだけど、ツイッターアカウントがあれば直接感想を送るとか、出版社へ感想のお葉書を出すとか、知人などにもお勧めし、アマゾンやソーシャルメディアなどデジタル系の情報にも手を出す......と。

で、ソーシャルメディアやブログでコメントするよりは、アマゾンでやった方が影響力は大きいぞという話。そりゃ確かに公知能力はけた違いではあるのだけど。

見方を変えればアマゾンだろうとソーシャルメディアだろうとブログだろうと、意思表示の手段は原則テキスト(画像を使える場合もあるけど)。ならば一つのソースをあちこちに提供すりゃいいまでの話ではという気もする。当方の場合、レゴの商品セットの感想にはその方法論を試していたりする。これが正解なのか否か、まだ判断はつきにくいけど。自分の想いをできるだけたくさんの人に伝えたいのなら、使える手段は極力使いまくるのが良い。ならばブログだけ、アマゾンだけってのはもったいない。


でもあちこちに文章書くのは疲れるし......というのもよくわかる。だからこそ同じ内容(無論場所によってアウトなものは削る必要があるけど)をあちこちに振り分けて投稿するのはアリかな、と思う次第。新商品の告知をプレスリリースだけでなく、テレビCMで流したり、お店にポスターを貼ったり、電車のつり革広告で知らしめたりというように、多方面で展開するのと理屈は同じ。

ただねぇ......この類の話って、ノウハウの一つとして、書物を受け取る側に知っておいてほしいってのは理解できるのだけど。これって本来出版社や編集部側が成すべき啓蒙活動のような気がする。また、その啓蒙活動も合わせ、営業活動の多分も、本来書き手側が成すべきものではないような。書き手が営業の一部も合わせ成さねばならなくなったのは、出版サイドの能力が欠けてきたからなのか、周辺環境の変化に対応しきれなくなったからなのか、それとも単に人材不足なのか。

            

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この記事について

このページは、不破雷蔵が2017年8月 9日 07:41に書いた記事です。

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