「放送しない自由」ってやはり分かりにくい。「ねつ造報道」とか「うそ報道」の方がいいのかも

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先日「報道しない自由」という言い回しは、使われている単語そのものは容易なものだけど、意味が分かりにくいので、「粉飾報道」という表現にしたらどうかという話をした(【「報道しない自由」は「粉飾報道」としても良いかもしれない】)。ただ、粉飾って言葉、株式をやっている人とか会計に携わりのある人ならともかく、そうでない人にはなんとなくもやっとしたイメージしかわいてこないのかもしれない。なんだか飾っている雰囲気もあるし。また、証拠づくり的な感じで一度でも伝えられてしまうと、それで「報道してるよね」というツッコミが入ってしまう。問題なのは反復性、切り貼りして違えた意図を繰り返し周知させようとしている行為ではあるのに。

で、「印象操作」なる言葉はどうかという話。確かに指摘されている通り、複数の有識者やら反社会な人から、この言葉に敏感に反応し、自分達こそ印象操作を受けているという逆切れ的な反論を目にしたことがある。「印象操作」という言葉は確実に、的を射ているのだろう。ただ、やはりイメージとしてはつかみ難い所があるのも事実。指摘されていた場所でも「あいまいな言葉だけに追求しづらい」って話があった。


参照元の話をさらに読み解いたり、色々と類義語を探してみたけど、粉飾よりは「ねつ造報道」とか「うそ報道」の方がストレートに分かりやすいのかもしれない。「フェイクニュース」ってのはまさにストライクではあるのだけど、流行言葉なだけに、「流行っているから使ってるだけ」という雰囲気が出てしまう。これはこれで、本質をついているようには見えないのだよね。

「ねつ造報道」とか「うそ報道」というのは、一見するとチャチな印象がある。でも、だからこそ、確実ではあるし、分かりやすくもあるし、正しくその実情を伝えてくれる。「ねつ造報道」「うそ報道」。よく覚えておくことにしよう。

            

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このページは、不破雷蔵が2017年7月30日 07:23に書いた記事です。

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