食べられるかどうか分からない弁当を売る弁当屋さんと今の報道はあまり変わりがない

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昨今の報道界隈、特にそば事案(森友、加計)や「こんな人たち」や防衛相周りの話とか、かもしれない、可能性がある、という見方もある、といった、推論やら憶測やら確からしさの上て首を縦に振れないような情報がソースとなり、それを事実であるとする「報道」が多く、色々な危惧を感じている。現状は指摘の通り、食辺りをするかもしれないようなお弁当を「食べられる」と称して売っているようなもの。新聞屋などの報道機関は情報を商品として売っているのだから、実情は同じなのだよね。

事実情報の「報道」を、推測や見解、可能性を合わせた「論説」とまぜこぜにした上で、「報道」として伝えるから問題。これはプレスとオピニオンをごちゃまぜにして、その上でプレスとして報じるのは単なる詐欺だという話として、何度となく伝えている。オピニオンとして伝えないのは、それだと耳を傾けてもらえないから。合成肉を普通のステーキ肉として売るような、どこかで聞いたようなお話。


オオカミ少年は最後に本当にやってきたオオカミに食べられてしまう(という話を当方は知っている。結末が色々違うパターンもあるそうだけど)。今の報道界隈は多分にその道を歩んでいるのではないかな、という気がする。フェイクニュース云々と大騒ぎしているけど、その多分はむしろ自らがフェイクニュースを放つ側の詭弁的なものであるし、正義の刃的な語りをするなんとか砲とか、公正な報道をとの認識を自称するバズなんとかとか、なんとか機構も、その矛先が多分に偏向しているし、ね。

ひとつだけ補則をしておくと「ネットは真実」というのも間違い。既存報道がすべて虚実、ネット情報はすべて真実なんてのはありえない。既存報道が虚実を語ることが多くなった、あるいは以前からそうだったのがバレるようになったのだけど、ネットも似たようなもので真偽さまざまな情報で満ちあふれている。ただし、配される情報の量がけた違いで、取捨選択をする方法も自在に選べるのがネットの良いところ。

例えるなら、片田舎にある、地域の生活を一気に担う1件の雑貨屋さんと、全国の店舗を網羅できるネットショッピングとの違い。雑貨屋さんがインチキをしていたり暴利をむさぼっていたり危険物質を取り扱っていたりしても、その雑貨屋さん以外で購入できない人には、非常にマズいことになる。ネットショッピングなら「あの店は詐欺だから、別の店で買おう」ってのができるわけだね。


以前も「今の報道は自身を大本営とした戦中の報道体制のようなもの」と表現したけど、「大本営発表は良くない」と旗を振りかざした報道自身が、今や大本営そのものとなり、「大本営発表」を成し続けているという、歴史的な皮肉感を覚える今日この頃ではある。

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このページは、不破雷蔵が2017年7月22日 07:48に書いた記事です。

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