世の中にはいくら説明しても分からない、理解力の無い人もいる

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これは非常に「分かる」と分かり哲也先生が一個大隊単位でやってきそうなお話。文頭に「ここからのお話です」と書いてあるのに「この話はどこから持ってきたのですか」と聞いてくる人が定期的に出現することを経験しているだけに、そう思っているのは自分だけではないのだなあ、という感がじんわりと。

分からない人ってのはその中身は多種多様で、特定方面だけに理解力が欠けている人、根本的な部分で理解をしようとしない人、単に面倒だからすぐにゴール的な答えが欲しいので途中の理解部分は要らないという人、そして最初からゴールを決めていてその通りの情報で無いので「自分が納得のいく答えへ導けるような情報をよこして理解させろ」というもの(政派的な考え方に多い)。

そういう人たちへの多分は、適切な情報を、分かりやすく正しく周知させるという、本来の手法では対処ができない。害虫に「君たちは僕にとって害なので、別のところに行きなさい」と指導しても言うことを聞かないのと同じ。聞く耳持たないとでも表現すべきなのかな。「言葉は通じるのに話が通じない」とか。


そして指摘されている通り、そのような人たちは少なからずにおいて、理解しない事柄の誤情報を流すことで自分の益とする姿勢を見せる。むしろ逆で、自分にとって益となる話を打ち消されるのはイヤだから、正しい情報を理解しようとしないのかもしれない。生物にとっての防御姿勢的なものなのだろう。

新興宗教の類はこのパターンが多いし、昨今のFacebookやメルマガなどのソーシャルメディア界隈で確認できる「村組織」的なものも、この新興宗教のデジタル版とでも表現できる。

そして今のマスメディアは多分に、この悪質系新興宗教の方向性を見せているのが非常に怖いところ。戦中の日本における報道管制はよく知られた話ではあるけど(それとて多分に、普段知られている内容は情報が改ざんされているけどね)、それをマスメディア自身が率先して行っているような。そば事案(森友・加計)や【報道の切り貼りと「報じない自由」と】でも説明した「こんな人たち」が良い例だね。

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このページは、不破雷蔵が2017年7月21日 07:13に書いた記事です。

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