メディアはインフラのようなもの。勝手に異物を混ぜられては困る

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タイトルですべてを物語っている感はあるのだけど。いわゆるそば事案(森友・加計)でこれまで以上に大きな憂慮を抱き、また明らかになったのは、報道メディアの類が社会的に求められている責務を果たしていないという現状。

人が介在している以上、生成物にはそれなりの独断や偏見が混じってしまう。単に方程式に基づいた単純流れ作業ではないので、独自色や色合いが反映されるのは仕方がない。しかしながら現状が、それらによって生じる誤差・許容できる領域をはるかに超えてしまっているのではないだろうかと思わざるを得ない。あるいは元々こんな感じで、それが確認できるようになっただけなのかもしれないけど。

報道も含めたメディアはインフラのようなもの。例えば水道なら雨水を貯め込んで浄化した上で、家庭まで安全な水道水として提供する。そのプロセスにおいて、自分が好きだからと水道水に粉ジュースを混ぜたり、自社の薬を売るために下剤を混入するような状態が、今の報道のありようではないかな、と考えざるを得ない。

まるで子供向けのヒーロー戦隊番組に出てくる悪役のような所業だけど、そのような実情では無いと、今の報道の姿勢を見て言い切れるのだろうか。思惑やら主張やら主義の布教は論評の場で行えばよい。公明正大で事実が何よりも求められている報道の場で、それを行う必要はないし、行ってはならない。自然素材を売りにしているお店で、実態を隠してレトルト食品を売っているようなものだから。「自然素材だけだと儲からないから」ではウソをつく言い訳にはならないのだよね。

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このページは、不破雷蔵が2017年6月26日 07:26に書いた記事です。

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